「杏里、今日着替えるの遅くない?」
「私らトイレ行ってていいー?」

話が切り替わって、ほっと胸を撫で下ろす。

「いいよー!」
早く行ってほしい。もう笑顔を保っているのが辛い。
みんなが次々と出て行ったのを見送って息を吐くと、すぐに更衣室のドアが開いた。


俯いていた顔を慌ててあげると、そこに立っているのは常磐先輩だった。

他の先輩たちよりも、まだ常磐先輩ならマシだ。周りをよく見てくれている人で、いつだって優しい。


「ああ……そういうこと」

呟いた常磐先輩は、無表情のまま私の横を通り過ぎていく。


「ねえ、杏里ちゃん。働きアリの法則って知ってる?」
「え?」

突然よくわからない話題を振られて、着替える手を止める。
脈絡もなく言われても、全くなんのことだかわからない。


「よく働いているアリが二割、時々サボるけれど普通に働いているアリが六割、サボっているアリは二割なんだって」
「あの……?」
「だけどね、よく働いているアリを間引くと、残ったアリたちの中からよく働くアリが生まれるの」

私が戸惑っていてもお構いなしに、常磐先輩が話を続けていく。
こんな先輩は初めて見た気がして、少し胸の奥がざわついた。


「私たちのバスケ部も、よく働いてくれていた子が抜けたら、次の働く子が生まれるんだなって思って」

そして、ゆっくりと形のいい唇が動き、声のトーンが僅かに下がる。


「それって、まるで生贄みたいだと思わない?」

言葉が喉元に引っかかって、うまく出てこなかった。

〝生贄〟その言葉は、私の中でしっくりときてしまって、そして今まさに自分がそれになっているのだと、痛感する。