引き返そうとしたところで、少し先にいた男の子が振り返った。
「あれ? 金守じゃん」
屈託なく笑う彼が眩しくて、こんな自分を見てほしくないと顔を逸らしてしまう。
自分から会いにきたくせに最低だ。
失った顔を隠すように俯くと、足音が近づいてくるのがわかった。
「今日私服なんだ?」
もっと他に言うことがあるだろうと顔を上げる。すると柏崎くんが仕方なさそうに笑った。
「頼りたくなった?」
私はつくづく自分が人の気持ちを考えていないと痛感した。
不登校になった柏崎くんだって、なにか抱えているに決まっているのに、自分の感情を優先して寄りかかろうとしている。
「ごめん」
ただの元クラスメイトなのに、彼のことが気になってこうして何度も探しにきたのは、本当はきっと別に理由があるのだと思う。
自分でもこうして彼の前に立つまでは、抱えている感情の正体がわからなかった。
「たぶん俺、金守が聞きたいことわかるよ」
柏崎くんの手が、あたしがかぶっているフードに伸びてくる。
「暑いのに、こんな格好して顔を隠してまで俺に会いにきたんでしょ」
柏崎くんは男女から人気があった。特に仲が悪い人がいたわけでも問題を起こしたようにも思えない。
成績だってよかったし、運動もできる人だった。そんな彼が、突然教室から姿を消したのだ。
なにがあったのか、当時は全くわからなかった。でも今なら、もしかしてとある予想が頭に浮かぶ。
「人に見られるの、怖いよな」
「……うん」
「俺もだよ。でも周りからは以前と変わらないから、余計に精神的に気が狂いそうになる」
明確な言葉にしなくとも、彼も私と同じ発症した人なのだと伝わってくる。
ひょっとしたら人気者の柏崎くんを追い込んでいたのは、私を含める周りの人間たちなのかもしれない。
「あの日……久しぶりにあった日に、柏崎くんに言われた言葉を何度も考えたけど……連絡していいって話が冗談だって言われたらどうしようって」
「金守が壊れそうな気がしたから、ああ言ったんだ。ちょっとだけ前の自分と似てたし」
砕けるように壊れた心は、どう修復したらいいのだろう。どうしたら完治ができるのかと聞いても答えが返ってこない気がした。
学校にきていないということは、柏崎くんもまだ治療中なのかもしれない。
「最近やっと少し落ち着いてきてるんだ。だから金守を気にかけるようなことを言えた。それまで自分のことで手一杯だったからさ」
どうやら柏崎くんは教室には行っていないものの、みんなと会わないタイミングで登校して個室で自習をしているらしい。そこまで回復してきたのはつい最近だそうだ。
「なんとか冬には教室に復帰できたらいいなって思ってる」
意思の強い瞳が私を見つめる。そんな彼が眩しく感じた。
だけど、きっと私が想像する以上に辛く苦しいことを乗り越えてきたのかもしれない。