「お母さんは、朝葉を気に入ってたんだね」
「え? そうね。朝葉ちゃん、気の利く優しい子だったでしょ」
「その気の利く優しい子に、あたしがなにしてたと思う?」
心の中に泥のように溜まった感情が、言葉となって吐き出されていく。
これ以上は口にしちゃいけない。頭ではそう思っているのに、止まらない。
「若菜や他の子たちと一緒になって、朝葉に雑用押し付けて苦しめて、退部させたんだよ!」
「え……?」
「それで朝葉がいなくなったら、今度はあたしが朝葉の代わりみたいになって、みんなから押し付けられてんの!」
信じられないと言わんばかりに見開かれたお母さんの目には、涙がじわりと溜まっていく。
「でも、なにか事情があるんでしょう?」
「事情なんてないよ。ただ他人に押し付けるのは楽だったから! あたしがその役割を押し付けられるのが怖かったから、朝葉に押し付けてただけ」
どうして私の過ちをお母さんは、「大丈夫、大丈夫から」と言って慰めようとしてくるのだろう。抱きしめられながら、あたしは心が冷えていくのを感じる。
違うよ。お母さん、どうして私を守ろうとするの。いい子だって言っていた朝葉に私は、酷いことしてたんだよ。
「お母さん、本当は私そんないい子じゃないんだよ……」
軽蔑されるかもしれない。だけどこれ以上、理想の娘でいることに疲れてしまった。
「若菜ちゃんはそういう意地悪の対象がいないとダメな子なのかしら」
「は……?」
「だってそうでしょう。朝葉ちゃんの次は杏里ちゃんだなんて」
抱きしめていたお母さんの腕の中から離れて、私は首を横に降る。
若菜は自分勝手で気が強いけど、彼女だけが悪いわけではない。
集団という輪で次々に生贄をつくっているのは、全員の責任だ。私だってそのうちのひとりだった。
「大丈夫よ、杏里ちゃん。部活なんてやめてもいいの、苦しいことからは逃げていいのよ」
「なに、言って……」
〝部活なんて〟? 私が今まで頑張ってきていたものを、そんな言葉で片付けようとすることに愕然とした。
苦しいことから逃げたくなることだってあるし、それをしていいと言ってもらえるのは有り難いことなのかもしれない。
だけど私は、そんな言葉がほしいわけではなかった。
「目が腫れちゃってるわ。今冷やすもの持ってくるわね。学校はしばらく休んだっていいから、まずは心を休めましょう?」
「お母さんはあたしの話、ちゃんと聞いてくれてる? 理解してくれようとしてる?」
「なに言ってるの? もちろんじゃない」
それならどうして、お母さんの方が現実逃避をするように逃げ道を作る会話を進めていくの。
「大丈夫よ、全部お母さんに任せて」
お母さんは安心させるような笑みを私に向けると、部屋から出て行った。
胸元を押さえながら、私は自分の中でぐるぐると渦巻く感情の正体を考える。
優しくて甘やかしてくれて、逃げていいと言ってくれるお母さんに、私はどうして不満を抱いてしまうのだろう。