「ご存知無いのです?
 貴族の令嬢は、殿下にご挨拶する前に食事などしてはいけないのです。あんな……あんなに美味しそうなチェリーパイや苺ケーキを前にしても、我慢しなければならない気持ちが、貴方にお分かりになって?」

怒ったのか勢いのままピシャリと扇子を打って、シェリル嬢は今度こそ真正面からダニエルを睨み上げて来た。

(………猫だ)

唐突にその例えが浮かぶ。
怒った時に、毛を逆撫でてこちらを威嚇してくる、うちの猫にソックリだ。

「……逆に、ご存知無いのですかシェリル嬢」

ちらりと向こうにいる王太子を見遣ると、彼はダニエルも良く知る一人の少女と熱心に話し込んでいる。どうやら、大穴はあっちだったのだろう。

何よ、という風にこちらを見上げてくるシェリルに、ダニエルは底意地悪く笑った。

「殿下にお声掛けされねば、貴女は永遠に食べ物にありつけないのですよ。……本日は、王宮の甘美なお菓子を食べずに帰られるなんて、なんとお可哀想に」

「な…………!なんですって!??? この無礼者!!!」

恥を知りなさい!と続く言葉に、ニタニタと笑ったまま、その猫みたいな髪の一房をそっと掬ってダニエルは提案した。

「いいじゃないですか、ほら殿下をご覧なさい。貴女以外の女の子に夢中な男は放っておいて、僕と一緒にチェリーパイだろうがなんだろうが食べに行きましょうよ」

「あ、貴方となんて絶対にいや!」

どうしてこんな意地悪を言ってしまったのか今でもダニエルには分からない。けれど、もっと怒ったらどうなるんだろう、とか、もっと猫みたいに喚くんだろうか、とか。それかもしかしたら、殿下といえど自分より他の男を優先する姿が嫌だったのかもしれない。

とにかく、次に会ったときにはもう既に彼女から目を離せなくなっていたし、彼女の色んな表情を見て楽しみたいと願っていた。

それから自分でも自覚する程度には、パーティや夜会のたびに彼女へ付き纏った。
他の男が近寄らないよう、執着を隠すことなく見せつけて、自分の家格と同等以下であれば容赦無く脅し回り、自分より家格が上であれば他の令嬢を「あらゆる手」を使ってそいつに充てがう。

「……少し異常じゃないか?」

「なんとでも仰って下さいませ。そう言って殿下も俺に協力的でしたでしょう?」

「お、お前が!我が妻の実の兄なのだから仕方ないだろう!
 クソッ、お前が我が天使と双子だなどと全く、これっぽっちも信じられない!」

そう言って、「あらゆる手」のうちの1つは頭を抱えて妹の名を呼んだ。
そうだ、使える手は全て使った。あとは彼女が、自らこちらに飛び込んでくるのを待つだけだ。

そしてダニエルの予想通り、その数ヶ月後にはシェリルとの婚姻が決まり、ダニエルはようやっと手に入った最愛にただひたすら幸せを噛み締めていた。彼女が嫁いで来てくれるなら、なんだって受け入れよう。どんなわがままも、あの美しい娘が家で帰りを待っていてくれるならば耐えられるだろう、と。