帰宅後、俺の家にやって来たつばきは制服のままだった。

「着替えなかったのか?」

「着替えてる時間も惜しかったんだもん。」

二階への階段を上がりながら、つばきが甘えた様な声を出す。
俺の部屋に入って、いつも通りベッドに座る様に促した。

「何か飲む?」

「ううん。要らない。」

「分かった。」

俺は返事をしながら勉強机の引き出しを引いた。カッターナイフを握る。つばきがこの部屋で自分の腕を切った時の。
すぐに捨ててしまえば良かったのに、混乱していた俺は、どうやって捨てればいいのか、親に見つかったらどうすればいいのかなんて余計な心配をして、そのまま捨てられずに引き出しに隠す様にしまったままだった。

カッターナイフと一緒に、つばきが滅茶苦茶にした小説もしまってある。
二八九ページには、変わらず血液がシミを作ったままだろう。

カチカチカチと出した刃はスムーズには出てこなくて、刃先にはつばきの血液が黒く変色して残ったまま。刃は錆びている。

カッターナイフと小説を持ってつばきの隣に俺も座った。
ポンっとベッドの上に無造作に放ったソレに、つばきは眉間に皺を寄せた。

「つばき、髪の毛伸びてきたな。」

「えっ…あぁ、うん。」

まだ肩には付かないけれど、顎のちょっと下くらいだった髪の毛は、パッと見でも少しは伸びたなって分かるくらいになった。
ショートカットからボブヘアくらいになっている。今が一番、カンナの髪型によく似ている。

「髪ってさ、健康な人ほど伸びるのが早いんだって。」

「私、健康なのかな。」

自分の髪の毛を指先にクルクルと巻きつけながら不思議そうな顔をする。

「余った栄養が最後に行くのが髪の毛なんだってさ。」

「生きてる証拠だね。」

つばきの髪の毛に触れた。つばきが俺にキスをしようとする。髪の毛からつばきの頬に手のひらを滑らせて、やんわりとそのキスを拒否する。

「つばき。」

怒っているのか、返事をしない。それもそうだろう。思春期の女の子は繊細で、傷つきやすいから。
カンナの言葉がつばきの行動によって、何度も何度も俺を諭してきて、もう…うんざりだ。

「これさ。」

ベッドに放り投げていた小説を取って、二八九ページを開いた。童話のヒロイン。少女の顔の上に付着した、赤い血液。

羽根、赤いリボン、朱肉みたいな色。あの時は色々と思ったけれど、これは間違いなく血液で、たぶん花びらを象ったのだろうと思った。
それはきっと椿の花びらだ。

初めて見た時よりも変色して見えるその痕を、つばきが懐かしむ様にそっと撫でた。
よく触れるなと思ったけれど、「同じ物」がつばきの中には流れているから平気なのだろう。