急いで神社に向かった俺に、境内の石階段に座っていたカンナが手を振った。木々の影になっていて、あまり暑そうには見えない。

「ごめん。待った?」

「ちょっとね。」

カンナは悪戯っ子みたいに笑った。

「ごめん。行こっか。つばきの家?」

「ううん。そう思って待ち合わせここにしたけど、つばき、家に居ないんだって。」

「ふーん。どこに居るって?」

「海。」

「海…。」

「そう。」

母さんの「引っ張られるわよ。」と言った声が脳内に蘇る。そんなこと、本当に信じているわけじゃない。ただタイムリー過ぎて背筋が冷えた。
俺ってホラーが苦手なのかもしれないなんてどうでもいいことを考えた。

カンナは既に歩き出している。

「泳いだりしないよなー!?」

カンナの背中に向かって声を投げた俺に、カンナは振り返りもせずに「泳げないでしょ!」と声を投げ返してきた。

小走りで隣に駆け寄った俺に、カンナが「迷信、信じてるの?」って笑った。
そんなわけない、って言って笑って、カンナの手を取った。昨日の夜よりも少し冷んやりしていた。夏にはちょっと似つかわしくない温度だ。

どの季節もこうやってカンナの温度を感じていたい。何歳になっても、どこに行ってもカンナの隣で。

カンナやつばきが隣に居ることが当たり前だった。この町から出て行く日のことなんて、十六歳の俺達にはまだ到底想像できない。
それでも、いつかそんな日が来ても隣にはカンナとつばきが居て、いつもと違う夏を過ごしたこと、壊れてしまいそうになった三人のことも笑い話になっていくんだろうと思った。