「来年はつばきも来れるといいね。」

つばきが空を見上げながら言った。ビルや街灯の灯りが多くて、星はあまり見えない。

バスが一本やってきて、そのバスを待っていた人達が乗り込んでいく。その光景を俺も、カンナも羨ましげに見ていた。

「透華くん。」

「ん?」

「いつかさ、一緒に大きい街で暮らそうね。できればバスなんて使わない。電車だけで暮らしていけるような場所がいいな。つばきも一緒に。」

どんなに今の暮らしの中にも良いところを見つけようとしたって、街で生きている同級生や大人達との差は埋まらない。

あの金魚は、あんなに小さかったからビニール袋の中でも綺麗に泳げていたのだろう。あのすくい上げた時よりも大きくなれば、その世界は次第に窮屈になって、三匹の金魚は互いに潰し合っていたかもしれない。

「そうだな。駅から徒歩十分圏内。庭付き一戸建てを建てて、広い庭に花壇もいっぱい作ろう。」

カンナは気が早いよ、と言って笑った。

沢山の人がバスに乗り込んで、バス停にはまた静寂が訪れた。カンナが俺の小指にそっと触れてくる。夏らしい熱を感じた。

「カンナ。」

「なぁに。」

「…浴衣、すごく似合ってる。」

「ありがとう。」

たったそれだけのことを伝えるのに、もうこんな時間になってしまっていて、本当に言いたかったことは浴衣のことなんかじゃなくて。
だけど、それだけのことを伝えるのが今の俺には精一杯だった。
それでも笑って聞いてくれるカンナが隣に居る。どんなに窮屈な世界だとしてもカンナが居る。それだけでこんなにも幸せになれた。

三十分くらいして、カンナのおじさんの車がバス停に到着した。バスと違っていちいちバス停に停まったりしないし、ルートだって違うから、同じ場所でも随分と早い。

「すみません。遅くなっちゃって。」

車のドアを開けて最初に言った俺に、おじさんは「そうやって大人になっていくんだ。」って言って笑った。