「ヤオ、、凄いね。皆が蟻みたい
な列をつくって渡っていくよ」

マイケルは
眼下の光景を見つめながら
そう言って
ヤオに茹でたペルセベの皮を
剥いてあげる。

「マイケーしゃん、
ロード。ゆかない?ゆく?」

ヤオは嬉そうに
マイケルの手から、剥かれた
ペルセベを貰うと
口にパクりと入れて
頬を膨らませて
モグモグする。

風に乗ってペルセベの磯香が
鼻を掠め、
ヤオのモグモグする様子と
合わせてマイケルは
口を緩める。

「いかないよ、あたしは。
だって、カフカス王領にいく
理由がないもん。めざすのは
この島の、お城だよ。ヤオ。」

異世界である調整国に
大師に飛ばされ、
半月が経ち、
珊瑚で得た纏まった額の
ウーリーで
巡礼者ベッドを使いながら
調整世界に
マイケルは日々順応
している。


「マイケーしゃん、おしろいく」

マイケルの言葉にキョトンとする
ヤオが、ペルセベを
食べ切って、口を拭った。

「うん。お城をめざすから、
何か商売をしないとダメね。」

マイケルは、ヤオの巻き毛を
モフモフする。
最近、ヤオはようやく
幼児らしくふっくらした。

半月しても、相変わらず
マイケルは
素潜りで海底遺構を探索しながら
採ったペルセベや魚を
ウーリウ藩島の地元市場である
アゴラで直売りをしている。

魔力なしのマイケルでは
そうそうトレジャーハントで
大物は難しい。

「コーラルは、ラッキーだった
だけだからさ。物流を知らない
と、商売も出来ないしねー。」

今日は、アゴラで教えてもらった
この山の聖場を訪れて
ヤオと
バリアロードを使って
カフカス王領へ渡る巡礼者を
見ている。

市場=アゴラに顔を出すのも
商いをする為。

マイケルが
魚と一緒に採るペルセベは、

石灰質の殻を持つ
岩礁海岸でならみつかる
食べれる貝で、
茹でて、亀鱗の皮を剥くと
鶏肉みたいな味に
潮が効いて美味しい。

いい値段で売れる貝だ。
それでも、
一代商品には程遠い。

「ユーク、しけんうけたらいう」

ペルセベの汁が着いた手を
舐めながら
ヤオが、
余り解っていなくとも話の流れで
覚えている台詞を
マイケルに
キラキラした瞳と一緒に
投げ返した。

「その為にもだよ、ヤオ。
いくら平民もうけれる女官試験
でも、最低限はさ、身元を
いえるようにしないとだから」

半月たち、
初めてマイケルは
カフカス王領とウーリウ藩島を
繋ぐ関所『バリアロード』を
見たいと、
アゴラで海藻を売る隣の
住人に尋ねた。

『バリアロードを渡るなら、
今日は最大干潮だから、ロード
を渡る巡礼者が列をつくるのに
行ったらいいよ。けど渡らない
なら、巡礼に巻き込まれない
ようマウントブコクに上がって
見るのが、安全だ。ほらよ。』

そう言って
マイケルに地図を書いて
くれたのを頼りに
山の聖場へ
上がってきたマイケルは
眼下の光景に
再び視線を落として
ヤオの頭を
モフモフした。


バリアロードは、
ウーリウ藩島海岸の沖にある、
島~島~島~島の4つの島を
橋のように結ぶ
砂州で、
月に2回、
普段は海によって隔てられている
カフカス大陸とウーリウ藩島を
結ぶ天然関所。

最大干潮時に
忽然と橋になる島道が
海に現れ、
島をつたいつつ
渡る砂州なのだ。

満潮時には4つの島。
干潮時には4つの陸繋島になる。

「ほんとに、
『タイダル・アイランド』
だよね。あれだ、モン・サン
とか、セント・マイケルズ
とおんなじ現象なんだわ、、」

この神秘的な景観が
作られる現象。
天然の要害であることから
要塞地としても利用されている
のだが、

特にウーリウ藩島は特殊で、
カフカス大陸への進入は
ウーリウ藩島から延びる
バリアロードしか
出来ない事にある。

ウーリウ藩島が関所島と
呼ばれる所以。
何故か、カフカス大陸の
他の海岸は
強力な結界が他国や他の船を
寄せ付けずに、
座礁転覆をさせる。

「ミ、モ、ト?」

「そう、身元。税をはらって、
ウーリウ藩島民にならないと、
身元にならないの。ヤオ、
あたしはさ、平民以下なんだよ
身元的にいうとね。うん。」

遠く
島々を繋ぐ天然の橋を
白い装束を着る巡礼者が列を
なして歩くのが見える。

山の聖場
マウント・ブコク 。

海抜高所にあり、
岩肌を切り開いてつくった
霊場で、
眼下に
海と、現れたバリアロード、
遥かに向こうに
カフカス本土が望める
景勝地。
加えて、
狭く険しい道を登る
巡礼者の
癒しのスポットだとアゴラで
聞いた。

通称『アイランドヒーラー』

「さて、ヤオ!このブコクの
聖場に入ろっか?どんなとこか
楽しみだね。ほら手をつなご」

ヤオの小さな手をとり
マイケルは
岩を掘って造られた拝殿の入口を
潜る。
エドウィン窟と違い
荒々しい野趣ある雰囲気は
より厳かな装い。

内陣の本堂は
全くの洞窟。
中では柴を焚き、
海の藻が敷かれて、
病人を坐臥させている。

汗だくになるまで温め、
病の治癒をする、それは

「すごい、汗蒸幕、これって
ハンジュンマクだよ。薬石?」

暗さに浮き立つ
白くやわらかい岩肌に
貝の化石が見えて、
マイケルは目を見張った。
貝の化石が、
太古の昔にこの場所でさえ
海に沈んでいた事を
物語る。

「マイケーしゃん、けむい」

見ると
ヤオが目をシバシバさせて
鼻を摘まんでいた。

治療の煤で黒くなった
薄暗い本堂に、
明々と炎が焚かれ
寝転がる巡礼者も見える。

洞窟の石に身体をくっつける
様子にマイケルは閃いた。
やはりこの独特の
白く柔らかい洞窟の岩肌は
「薬石」だ。
病気の平癒や、
ひるがえって身体堅固の為に
効果があるのだろう。

「それで、ここが
アイランドヒーラーって事か」

ヤオと連れだって
真っ暗な洞窟の
更に奥の奥へ。

すると
幾つもの石仏が鎮座する
真ん中に
一際大きな像があり、
巡礼者の先達だろうか、
祈りを捧げる背中と、
それに従するように座る
背中が見えた。

「あ、ユーク!」

その背中を見た途端、
ヤオがトテトテと駆け寄り
座る背中に抱きついた。

「ルーク、
今日はどうしたのよ?
こんなとこ
来るのって、傷、悪いの?」

長い茶色の髪を1つに
括る頭が
ヤオとマイケルの方に
振り返る。

ライトブラウンの瞳をした
ごく普通の装いの青年は
最近ギルドで出会った
冒険者だ。

「やあ、ヤオに、マイケル。
君たちこそ、どうして此処に?」

ルークは微笑みながら、
声を潜めてマイケル達に
会釈する。
どうやら、
祈祷を受けているのは
ルーク本人らしい。

「ここはヒールの力が強いだろ。
依頼の合間に来て、そこの
水を汲んで持って行くんだよ」

ルークが指差す
洞窟内の岩からは、
清浄な水が出ている。

「薬水もあるの!」

「病の薬にもなるんだよ。巡拝者
は、このブコクで疲れを癒し、
この聖なる水を汲んで渡る。」

驚くマイケルに
ルークは
水筒をヤオに渡して、飲ませる。

「マイケーしゃん!げんきなる」

「誰でも、その恩恵に預かれる」

ルークはマイケルにも
水筒を渡して
冒険者らしからぬ
整った顔に、
無惨に頬に着いた傷の顔を
炎に照らして頷いた。

華橋一族の令嬢
マイケルが
元世界でも抱いたことのない
気持ち。
異世界に来て、
初めて
恋心を知った横顔だった。