靴は……。
まだない!
ってことは、まだ帰ってきていないんだ!
良かった……。
2人が帰ってきているのに夕飯を出さずに1人で寝ているなんて春原さんに知られたら、この家を追い出されてしまう。
そうしたら行くところがない。
ほっと、一息ついていると。
ガチャッ!
玄関の鍵が開く音がした。
その場で固まる私と、開いていく玄関のドア。
玄関が完全に開いた、と思っていると。
やっぱり、そこには、唯斗くんと春馬くんの姿があった。
突然の2人の登場に驚く私。
そんな2人も私が玄関で固まっていることに驚いていた。
だけど、すぐに表情を変えて。
「美羽ちゃん、お出迎えしてくれたの?」
なんて、嬉しそうに春馬くんが言うから。
私は思い切り首を縦に振った。
「お、おかえりっ」
「ただいま」
そう言いながら抱きつこうとする春馬くんをかわす私。
唯斗くんにも『おかえり』と伝える。
『お疲れ様』と言えた私もえらい!
と、心の中で褒めていると。
「偶然の“お出迎え”ありがとうな」
なんて、すべてを見透かしたような目で言うから、カチン! ときた。
だけど、唯斗くんの言うことに間違いはないので、私はうなることしかできなかった。
唯斗くんが変なこと言うから、春馬くんが『そうなの?』ってうるんだ瞳で見てくるじゃん!
私、春馬くんのうるんだ瞳には弱いのに!
まあ、春馬くんも腹黒いから、私の性格を分かっていてわざと“うるんだ瞳”をしているんでしょうね。
本当に腹黒。
俳優業、やったほうがいいよ。
私が推薦してあげたいレベルだわ。
「今日の夕飯は?」
唯斗くんが靴を脱いでリビングへ向かいながら問う。
私はその背中に向かって答える。
「カレーだよ!」
……温めなおす必要があるカレーだけど。
だから、夕飯までもう少し時間がかかるから……。
「腹減った」
うん。
だから、もう少し待っていてください。
「早く美羽ちゃんのカレー食べたいなぁ」
「……温めるから少し待っていてね」
「カレーは甘口だよね?」
「……中辛です」
そう言うと、春馬くんに、ものすごく嫌そうな顔をされた。
ついでに言うと唯斗くんにも。
唯斗くんはわざわざ振り返って、嫌そうな顔を私に向けてくる。
「なんで辛口じゃねぇんだ」
「なんで、って言われても、春馬くんは甘口派だし、唯斗くんは辛口派だし。あいだを取ったら中辛、みたいな?」
私がそう言うと、2人はため息をついた。
これは『呆れています』的な雰囲気のため息だ。
だって、どちらかの好みに合わせるわけにもいかないし!
それだと、ひいきしているみたいだし!
そもそもどっちを取ったって、もう片方から睨まれるのは分かっているし!
なにか言いたいけど、なにも言えないでいる私に、春馬くんがぽんと頭に手を置いてくる。
「今度から、甘口と辛口、両方作ってね? 具材は一緒でルーだけ変えればいいから」
「あ、なるほど……」
その考えはなかった。
野菜は同じく切って、鍋を二つ用意して、ルーだけ変えればいいんだ。
春馬くん天才。
頭良い。
「だけど、私は中辛がいいな」
そう呟いてハッとした。
完全に今、墓穴を掘ったよね?
「中辛のカレーって完全に美羽の好みじゃねぇか」
「……あは?」
「今回は美羽ちゃんの言葉に騙されちゃったな」
「……えへ?」
ごめんなさい。
そんなつもりはなかったんです。
だから、睨むのやめて!
琴音ちゃんと何となく距離ができた日から数日。
いよいよ、明日は体育祭当日となろうとしている。
琴音ちゃんとうまくしゃべることができていないのに、体育祭楽しめるのかなぁ。
「はあ……」
「有村さん? どうかした?」
「え、あ! いや! なんでもないよ⁉」
南條くんとの早朝練習も今日が最後だっていうのに、ぼんやりと考えごとをしていた私。
いけない!
今は練習に集中しなくちゃ。
せっかく、南條くんが毎日練習に付き合ってくれているんだから、成果を出さないと!
そう思ってボールを放つが、ボールはゴールにはじかれた。
……集中できない。
琴音ちゃんの不自然な笑顔が頭をよぎって離れない。
「休憩しようか」
南條くんが気を使って私に声をかけてくれる。
私はその優しさにうなずきながら、転がっているボールを拾いに行った。
そのまま体育館の壁にもたれて座り込む。
こんなんじゃダメだなぁ。
へこむ私の隣に南條くんが座る。
大好きな南條くんが隣にいるっていうのに、テンションが上がりきらない。
彼氏が隣にいるのにドキドキしないって、本当に重症。
「……葉月さんとの関係のこと?」
「え?」
「有村さんが落ち込んでいる理由」
思わず隣を見ると南條くんは私の目をとらえていた。
その目は全てを見透かしているようで。
私は南條くんに、話を聞いてほしいと思った。
南條くんの言葉に静かにうなずく私。
「琴音ちゃんが、無理して笑っている気がして……」
「うん」
「親友なのに、その理由をハッキリ聞くことができない私がいて」
言葉がすらすらと溢れてくる。
今まで、南條くんにも誰にも相談できないと思っていたこと。
そんな話を南條くんは静かに聞いてくれる。
だから、私も全てを話したくなってしまう。
琴音ちゃんとの接し方が分からなくなっていること。
本当は今まで通りに話したいこと。
その為には本気でぶつかり合いたいこと。
「でも、そんなことをしたら、今の琴音ちゃんは私から離れていきそうな気がして」
勇気が出せない。
そう言うと、南條くんは立ち上がった。
そして、私が抱えているボールに手をかけた。
ボールが南條くんの手に渡る。
急な出来事に戸惑う私に、南條くんは微笑んで。
「今から3ポイントシュート打つね」
「え?」
「もし、このシュートが決まったら、有村さんは勇気を出せるよ!」
そう言って、南條くんは3ポイントシュートのラインに立つ。
ボールをその場でバウンドさせてから、思いきりボールを放つ。
そのボールは綺麗な弧を描いて、ゴールへと収まった。
「すごい……」
「シュート決まったでしょ? だからきっと、有村さんは葉月さんに話しかけることができるよ」
「うん……っ」
南條くんの優しさに泣きそうになった。
背中を押してもらった。
そう思える。
半泣き状態の私の頭を撫でてくれる、南條くんの手は温かかった。
放課後。
私は公園で最後の練習をする。
早朝練習、放課後練習は今日まで欠かさなかった。
唯斗くんに交渉して、借りていたボールも、今ではすっかり手になじんでいる。
いつものようにシュート練習をしていると。
「美羽ちゃん?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには春馬くんが立っていて。
私はシュートする手を止めた。
「春馬くん……。お仕事は?」
「今日はオフの日。唯斗は部活に行くって言っていたから、僕は先に帰ろうかと」
「そうなんだね」
唯斗くん、仕事がない日も頑張っているのかぁ、と思うとハードな生活をしているな、って思った。
朝も早いし、夜も帰りは遅い。
日付をまたいで帰ってくることも多々ある。
それは唯斗くんだけじゃなくて、春馬くんも同じだけど。
本当に芸能人って凄い。
そんなにハードな生活をしているのに疲れた顔を見せないんだから。
むしろ向上心が強い感じがする。
『もっと頑張らなきゃ』って思っていそうだな……。
そう思うと、少し心配してしまう。
「美羽ちゃん?」
ぼーっとしていた私に、春馬くんが不思議そうに首を傾げる。
また考えごとをしていた。
最近考えごとしてばかりだなぁ。
私は気持ちを入れ替えて、笑顔を見せる。
「最近ね、シュート決まるようになったんだよ!」
見て! と、言うように、私はゴールに狙いを定める。
ボールをかまえて、放つ。
そのボールは少しリングに当たってしまったが、なんとかゴールをくぐりぬけた。
「毎日練習していたの?」
春馬くんが問う。
私が頷くと、春馬くんは驚いた表情をする。
なんて失礼な。
私だってやろうと思えばできるのに。
少し拗ね気味の私。
「それは南條くんのため?」
「え?」
「体育祭で南條くんに良いところ見せたいから練習しているの?」
「ちが……っ、」
私を見る春馬くんの目は冷たくて。
私はハッキリと『ちがう』と言い切ることができなかった。