近くにお酒と燻製の美味しいバーがあるからと、エスコートされた先に待っていたのは、他人の目を気にする必要もないほどに、ムーディーな店内。
見渡せば、危険な香りが漂ってきそうな組み合わせもいて、思わず、『終電は逃す気ないんで』と盾をかざした私に『何?俺ってそんなに手が早そうに見える?』と、彼は顔をくしゃっとさせた。
咲いてしまうキモチを『その返しが、もうね』と指摘すると、『好きだからね。せっかくなら美味しい酒飲みたいでしょ』とのこと。
…やっぱり彼は、オトナの嗜みを知ってる人。
名前は、傑(すぐる)
歳は、私と3つしか変わらないことを知った。
お酒のことから始まり、貿易関係の仕事をしているという傑から、私の知らないセカイの話を聞けるのは刺激的で、楽しくて。
1秒進むごとに、私の鎧は消えていく。
「そろそろさ、物想いにふけていた理由を教えてよ」
カラン、と。
何杯目かのハイボールが、氷を鳴らす。
「対して面白くもない話だから」
話題の切り替えに、バーのグラスすら小道具として活用できてしまう傑の、期待に応えられるほどの内容ではない。
「それを、決めるのは俺じゃない?」
それもそうかと。
口を開き掛けたけど、続かなかった。
「…面白がられるのも、なんか」
自分で面白いとか面白くないとか言い出したくせに、そんな風に、陽人との話をネタにはしたくなかったから。
「ごめん。ただ、大切に想う先を知りたかっただけ。凛香ちゃんが話したくないなら、聞かないけどさ」
「………」