頼もしい手が、キモチワルイ奴から私を逃してくれたのは、その時だった。
「は?誰お前」
ほんとうに、ダレ?
居るはずのない陽人を期待する間もなく、声でシラナイ人だと気づいたけど、振り返っても、正装をしたオトコがそこに居るだけ。
一切シラナイ人。
「女性口説く前に、自分やり直した方がいいんじゃない?」
ただ、自分を失うほど酒に溺れたキモチワルイ奴とは違って、服装や身だしなみ、佇まいや在り方から、清潔感や誠実さは感じる。
さりげなく、泥酔男との間に入ってくれた背中。
後ろから微かにみえる鼻筋は美しくて。
さらりと整えられた黒髪の主を、正面から見てみたくなる。
「さっきから言ってること謎すぎんだけど。
なに言っちゃってんの」
なんて、この状況で暢気なことを考えていられる私は、危機感という文字をどこかに忘れてきたのかもしれない。
シラナイ第三者の方が、私よりも、よっぽど。
「自分がオンナだったら口説かれたいと思う?
そんなオトコになれてから出直しなよって意味。
わかる?」
「…っ」
「…自分から立ち去るか、通報されるか、好きな方選びなよ」
返すコトバもなく立ちすくんでいた酔っ払いは、淡々と制裁を下す第三者の選択肢に、ようやく酔いが醒めたのか。瞬きする間もなく慌てて去っていった。