「意味がわからない。さみしさを埋めてほしくて着いて来たんじゃないの」
裸のまま、眉を寄せて私を見上げている傑を横目に、一度は私から離れた下着やドレスを手際よく身に纏っていく。
汗ばんでしまった肌のまま、というのは、最高にベタベタして気持ちがわるいけど、迷い込んでしまったこの部屋の空気よりは、何倍もマシだった。
一刻もはやくこの部屋を出たい。
不快な汗や匂いは、感情と一緒に、あとで流せばいいから。
「本当に埋めたかったのは、さみしさじゃないのよ」
いそいそと "私" に戻りながら、床に放り出されていたクラッチバッグに近づいて拾い上げると、最小限の荷物の中に、堂々と佇んでいるルージュが目に止まった。
「……まさか、本気で帰るの?」
「もちろん」
ポーチに入れてしまうと、小さなクラッチバッグには収まらないからと、裸のまま潜ませたそれ。
どんな時も、何度だって。
私を強くしてくれたことを思い出して、口角があがる。
「もうとっくに電車終わってるけど」
「電車に頼らなくたって、帰る方法はいくらでもあるでしょ?自分さえ見失わなければ、ね」
媚びもしない凛とした赤は、私を、唯一無二の存在に変えてくれるから。……何もこわくない。
自分自身の選択で、どこへだっていける。
背筋を伸ばして顔をあげて。部屋にある鏡の力を借りながら、乱れた髪を、あえて頭の高い位置でまとめて、唇に色を刺した。
それは、玄関先で手放されたアマリリスの花と、同じ赤。