「また食べてない!!」

いつもの看護婦さんが怒っているが、私の耳には届かない。

舞ちゃんの言葉がやけに私の心臓を締め付けるのだ。


『お姉ちゃんに会いたいよぉ。』


それは私の中で何回も何回も聞こえてくる。


『お父さんに会いたいよぉ。』


「響子ちゃん!?」

私は本を床にたたき付けていた。

「どうしたのっ?突然・・・」

看護婦さんはあんぐりと口を開け、そこに突っ立っている。

何か、何かが、
蘇る。
鮮やかに鮮明に。
私の記憶の扉が開いてゆく。
私のなくしていた物が・・・。

「響子ちゃんっ!!」

看護婦さんが不安そうな顔で私の肩を大きく揺さぶる。

私は思いきり振り払ってしまった。

あと少し。あと少しで私の記憶が戻るところだったのに。
そのもどかしさを看護婦さんにぶつけていたのだ。

「・・・先生とお話しましょう・・・。」

そう言って彼女は去って言った。

私が喋れない事を知っているくせに、
何がお話だ。

私はまたも力任せに枕を床にたたき付けた。






「舞ちゃん大丈夫かな・・・。」

あんな事言わなきゃよかった。今すぐ謝りに行こう。

と自分自身を責めながら立ち上がり、ふと空を見上げた。

「・・・まじかよ」

さっきまでの青空とは一変して、
空は黒く染まっていた。

顔にぽつりと雫が。

地面にも。

雨。

おふくろはさっさと車で帰っちまったようだ。

「ちと雨宿りだな。」

青年は雨に濡れまいと急いで病院に入っていった。