蛇口から花びらがひらり。



ぽつ、ぽつと音を立てて堕ちる水。
そこに…桜の花びらが一枚。水と一緒に堕ちてきたのだった。



僕は桜を見ていた。
六月になり、咲いているはずのない桜を見ていた。
でも、僕の目には鮮やかに咲き誇る桜の花が鮮明に映っていた。
ヒラヒラと桜が散る。
そして…一枚の花びらが空へと浮かんで行った。



花が咲く街。
僕の生まれ育ったこの街は、一年中花の咲く街だった。
名は「葉(よう)」。
世界の底に沈み、浮き上がる事は無い。
世界からは完全に遮断されていて、僕は葉の中しか知らなかった。


散った花びらは浮き上がり、表の世界へと旅立っていく。
葉で散った花は表の世界で再び花を咲かせるのだと大人たちは言っていた。
世界の底に沈み、暗く光の差さない葉。僕はその世界で生きていた。