身体に限界がきて駅で座り込んでしまったところを助けてくれて、成り行きの人生相談を聞いてくれたのが恵美子さん。その恵美子さんの話を聞いて、私を引き抜こうと動いてくれたのが景光さん。勤めていたのが、景光さんが次に手を出そうとしていた分野でそこそこのシェアを誇る会社だったのが幸いし、その知識と会社中の人間のスケジュールを管理していた能力を買われて、私は彼の元へ行くことになったのだ。
 どうしようもない人間ばかり見てきて、自分自身もそうした人間の仲間だと思っていた私にとって、突然目の前に現れた景光さんは『鮮烈』の一言に尽きた。信念を持って仕事をし、自分の人生を真っ当に生き抜こうとしているだけで、人はこんなにも美しく見えるのだと、私は生まれて初めて知った。
 私も彼のような人間になりたい、という憧れが恋に変わったのは、それからすぐのことだった。大きな理由なんてない。ただ一緒に過ごす中で、たまに見せてくれる淡い笑みが、冗談に聞こえない冗談が、『麻田』と呼んでくれる声音が、――――心臓を締め付けるほどに愛おしく、慕わしいと思っただけ。
 お腹を撫でてくれていた景光さんの手に、自分の手を重ねる。ごつごつとしている甲の感触を確かめながら、『ああ、好きだなあ』と思った。
 私にとっての地獄から救い上げてくれた二人には、感謝してもしきれない。二人のどちらかが欠けていても、私に今の生活はなかっただろう。
 だから、もし二人が愛し合っているのなら、この恋を悟らせることもなく終わらせようと思っていたのに。『もしかしたら』という浅ましい期待が今更のように芽生えて、どんどんと膨れ上がっていって、――――元に戻れなくなってしまう。
「……紗世は、今もそいつを愛しているのか」