「……ごちそうさまでした」
 先ほどの景光さん同様にぱちりと手を合わせ、夕食を終える。残りのお皿を持ってキッチンに向かおうとすると、伸びてきた手があっさりと私からお皿を取り上げてしまう。
「あ、」
「重いものは持たなくていい」
「こんなの、全然重くないですよ」
「いいから。……今のうちに風呂に入ってきてくれ。着替えは置いておいたから」
 泡のついた指先が、微かに私の手首の内側を掠める。その瞬間にぞくりと甘い痺れが背骨を伝って、私は反射的に身体を後ろへ引いてしまって。
「きゃ、……っ!」
 変な付き方をした足が、思いもよらない方向へと滑った。
 ぐらりと傾く視界の中に、驚いたような顔をする景光さんが映り込む。
「っ、紗世!」
 鋭い声と共に、ぐっと腰が引き寄せられる感覚。勢いよく彼の胸に飛び込む形になり、硬い胸板に顔が押し付けられるのが分かった。しっかりとした逞しい腕が、私の身体を掻き抱く。
 その感触が数ヶ月前のあの一夜を思い起こさせて、――――ばかみたいに、胸が高鳴った。
「……あまり、焦らせないでくれ……」
 はあ、と深く吐き出された息が耳朶をくすぐるように撫でていく。頬がじわりと火照ったのは、彼の声音があんまりにも切羽詰まっていて、焦燥が溶け出していたからだ。私を捕まえる腕の強さにもそれが表れているのか、少し痛いぐらいだった。
 どくどくと、耳の奥に脈打つ心臓の気配がする。
「っか、げみつさん……ありがとうございます。あの、もう……」
「……ああ、悪い」
 一瞬だけ腰を抱く指の力を強めてから、景光さんがそっと私を解放する。触れていた箇所に空気が触れて、ひやりと肌が冷えた。それが何となく名残惜しさを感じさせて、「あ、」と唇から空気が漏れる。
 景光さんは、そんな私の背中を洗面所のほうへと優しく押した。
「風呂、入っておいで。しっかり温まるように」
 少し身体が冷えてるからな。
 そう言ってこちらを見据える瞳は、煮詰められた甘露のようにとろりとしている。私の心臓をどうしようもなく騒がせる目。これ以上その目を見つめているとおかしくなりそうで、私は逃げるようにして洗面所へと駆け込んだ。