「……恥ずかしいに決まってます。それに『社長』にこんなこと、恐れ多いというか」
「俺も割と照れくさいけどな」
「嘘ばっかり……」
 こういう返しができるようになってしまったのも、ひとえに景光さんの攻撃に多少は慣れてきたからだ。その分だけ仕掛けられたのだとも言えるけれど。
 そうして水が垂れない程度に拭き終わったところで、不意にお腹の底に響くような、鈍い音が外から聞こえてきて、びくりと肩が跳ねた。
「……もしかして、雷も鳴ってますか?」
「夕方ぐらいからずっとだ。気付かなかったのか?」
「料理に集中してて、全然気付いてませんでした……」
 不思議そうに目を瞬く景光さんに、私はそっと肩を落とす。
 今日は調子が良かったのか料理中に気持ち悪くなることもなく、曲までかけて楽しく料理に没頭していたせいで、雨が降っていることにすら気付いていなかったのだ。久しぶりに親子丼が作れる、なんてはしゃいでいる場合ではなかった。
 私は小さい頃に雷が鳴る中、父にベランダへ追い出されたことがあって、それ以来何となく雷が苦手だ。いい歳して情けないとは思うけれど、どうしても音が鳴る瞬間に心臓がきゅうっと竦んでしまう。
 もう料理は完成しているし、時刻は二十時を回っている。そろそろ帰りたいところだけれど、この大雨、しかも苦手な雷が鳴っている中でとなるとちょっと厳しい。こんなに本降りになる前に帰らせてもらえばよかったという後悔が、じわじわと湧き上がってきた。
「……しかし、この大雨の中で君を帰すわけにもいかないな」
「え、」
「どうやら雷もあまり得意じゃないようだし」
「! な、なんで……」
「全部顔に出てる。……そうだな、」
 ぐっしょりと濡れたネクタイを煩わしそうに緩めながら、景光さんが思いついたように言った。
「今日は泊まっていくか」