「行っていい?まだ飲み足りないでしょ?」

いや、だめでしょう。かろうじて生きてる理性から咄嗟に出る危険信号。断ろうと思う自分もちゃんといる。それなのにあたしは呑気に、部屋は綺麗だったっけ?と、朝の記憶を辿り始めていた。

脱いだパジャマはどこへ置いた?洗い物は残っていない?トイレは?お風呂は?下着は干しっぱなしじゃないかな?

「明日は俺、午前中から予定あるし朝早く帰るから。朝まで飲もう。」

数分後、有名なマヨネーズのCMソングが鳴り響くホームに、あたしとゆうちゃんは一緒に降り立っていた。どうしてこうなっちゃったんだろう?
ずっと気になっていた男の人が、あたしがいつも使っている駅の改札を抜けていく。ゆうちゃんの後ろ姿を不思議な気持ちで追いかける。
駅から家に向かう途中のスーパーで、お酒とお菓子を買い込んで。「ワインでも飲んじゃう?」とのせられて飲んだことのないスパークリングワインを選んでもらって。夜の商店街を並んで歩いた。

「俺、笹塚住んでるけど仙川初めて来た。」

「笹塚なんだ。」

そんな近くに住んでいるんだ、と思わず嬉しくなる。
今まで色んな所へ一緒に行ったけど、2人きりになるのは初めてかもしれない。酔っているせいか、2人きりという事実にいまいち実感が湧いてこない。
マンションに着いてエントランスでエレベーターを並んで待っていてもまだ信じられなかった。

「なんかいいとこ住んでるね。」

「そうかなぁ?」

上京する時、心配した両親は大学に近くて一番治安の良い街を調べまくってくれた。全然東京に詳しくないのに。『絶対にオートロックでモニター付きインターホンのある部屋じゃないとね』と、ここを探してくれた。それなのに、あたしときたら今日は自ら男を連れ込んでいる。
エレベーターに乗り込んで音のない狭い空間に並んで2人で立つと何か少しだけ後悔の気持ちが生まれてきた。今まで女友達しか入れた事のない部屋に、許しちゃったあたしはやっぱり間違えてのるかもしれない。覚悟も何もないくせに。