「いらなーい。」

今度は囁き声だった。空気をいっぱい含んだ甘いウィスパーボイス。ゆうちゃんは動けなくなったあたしを引き寄せる。まただ、と思った。あたしが苦労して裏返した気持ちを一気にひっくり返して自分のものにしようとしている。いい加減にして欲しい…。腹を立てそうになった瞬間、耳たぶに柔らかいものが触れてきた。

「え…ちょっと。」

ゆうちゃんがあたしの耳たぶを食んでいる。ゆうちゃんのあったかい息が耳元をくすぐってくる。嘘でしょう…?ゆうちゃんの腕は完全にあたしを包み込んで動きようが無い。されるがまま。ゆうちゃんはあたしの耳元をしばらくもてあそんでいた。

「はぁ。美味しかったぁ。」

やっとあたしから身体を離したゆうちゃんは子供のように口元を手で拭う。
身体中の力が抜けてしまったあたしはそのままソファに座り込んだ。右の耳だけがゆうちゃんの涎にまみれてぐっしょり濡れている。

「ねぇ、なんでいきなり来るの?あたしのところに。」

右耳を掌で拭いながらあたしはゆうちゃんを睨み上げた。なんだか腹が立つのを通り越して哀しい気持ちにすらなってくる。今まで自分がどんな思いで過ごしてきたか、この人は全く分かってない。