「ほっとにさ。樹は昔からああやって意地が悪い」
辺りも暗くなった頃、自宅のマンションに向かって巧と車で揺られている中、彼はいまだ恨みを言っていた。いつもすました顔をしてる巧が、こんなにぐちぐちいうの珍しい気がする。
私は小さく笑った。
「でも私、今回のことで思ったんだけど。二人ってこう、喧嘩するほど仲がいいみたいなところない?」
「ない」
「だって本当に嫌いだったら存在無視するでしょ? 悪戯好きの樹くんに、困ってる巧って感じ。まあ樹くんは悪戯がすぎるんだけど」
「それだよ。あいつは加減ってものを知らない。昔から俺が持ってるものを欲しがるし横取りしようとする」
ハンドルを握りながら巧がため息をついた。まあ、巧の彼女にもちょっかい出すって言ってたしなあ。
「前から聞こうと思ってたけど、いつからあんな感じなの? 仲良い時くらいあったでしょ?」
私が尋ねると、巧は一つ頷いた。
「子供の頃は仲良かったよ。俺も樹の面倒よく見てたし。でも小学校上がるにつれて、俺の成績のよさとかを嫉妬されて」
「ああ、比べちゃったのかなあ……」
「決定的だったのは、中学の頃あいつが好きだった女の子に俺が告白されたこと」
ギョッとして隣を見る。巧はすました顔で続けた。
「もちろん俺は振ったのに」
「いやあ……好きな子が兄弟を好きって、辛そう……」
「でも俺に恨まれてもしょうがない」
「まあ、逆恨みだけどね」
なるほど、樹くんってことごとく巧に劣等感があるのかな。本人だってあれほど綺麗な顔して人懐こくて、人よりたくさんの物を持ってるはずなのに、巧が持ちすぎてるんだよね。
ちらりと隣の巧を見る。頭よし顔よし。
でも性格に難あり。樹くん、ここ見逃してるのかな。
「なに笑ってるんだよ杏奈」
一人吹き出して笑ってしまった私を、怪訝そうに巧が見てくる。
「あは、ううん。巧は確かに嫉妬されるほど色々持ってるけど、性格だけは悪いよねって」
「そんな性格悪い男と付き合ってんの誰だ」
「あはは、私です。私もだいぶぶっ飛んだ頭だからいいの」
「そうかよ」
不貞腐れた巧を見てまた笑ってしまう。
でも、もちろん分かってる。
どうも自信過剰で普段はムカつくことも多いけど、大事なときにはちゃんと優しい。
「さて、ようやく着いたな」
「運転ありがとう」
見慣れた駐車場に車を停める。両手いっぱいにお土産品をもち、私たちはフラフラとエレベーターに乗り込んだ。疲れを取るための温泉、むしろ疲れさせられた気もするけどまあ楽しかったかな。
自宅にたどり着き、巧が鍵を開ける。誰もいない廊下が私たちを出迎えた。電気をつけ、持っていた荷物をどんと一度おく。
「はあ、買いすぎちゃった」
「まあせっかく行ったからな」
「とりあえず着替えとかの荷物をバッグから出して、洗濯は明日かなあ」
私は靴を脱ぎ捨てて荷物を一度自室へ運び入れるために歩く。職場のみんなに買ってきたお土産、忘れないようにしなきゃ。あとは親に買ったやつも、間違えて食べないように別にしまっておいて……
そんなことをぼんやり考えているときだった。
「杏奈」
自分の部屋のドアノブに手をかけたとき、背後からそう呼ばれる。反射的に振り返った瞬間、いつのまに近くに来ていたのか、巧が何も言わず私の口をキスで塞いだ。
突然のことに驚いて固まる。そんな私にもお構いなしに、巧はそのまま深く口付け続けた。
そのキスからはどこか余裕のなさを感じた。巧の手がすっと私の髪を撫でる。一足遅れてやってきたドキドキと戦いながら、ようやく状況を察した。
追いつけない呼吸にやや苦しさを感じていると、巧が少し顔を離す。
間近で見る彼の表情は、やっぱり『オス』の顔をしていてこれでもかと心が高鳴った。
熱っぽい視線に、どこか苦しそうな顔。