ぐーぐーと眠っている樹くんを、巧は虫けらを見るかのような目で見下げた。

「こいつ……
 嫌がらせで来たな」

 腕を組んだまま厳しい顔で言い捨てる。

 眠ってしまった樹くんの顔を覗き込みながら私は振り返った。

「嫌がらせ?」

「樹が缶チューハイ一本で酔うわけないだろ。新婚夫婦の旅行に突撃してお楽しみを奪おうって魂胆だ」

「おた、お楽しみって!」

 つい顔をかっと赤くさせて慌てふためいた。けれど巧は厳しい表情を一つも変えず、布団に寝転がってる樹くんの肩を強く叩く。

「おい、お前起きてるだろ。部屋行け」

「ぐー」

「無理矢理連れてってやる」

 巧は樹くんを無理矢理起こそうとするも、樹くんは寝言らしきものを言いながらするりと避けて布団に戻った。巧はイラッとしたように片眉を上げる。

 何度か巧が必死に樹くんを移動させようと試みるも、彼は華麗に避けて布団へ戻る。あ、うん、これ起きてるね。絶対起きてるよ。

 なるほど、嫌がらせか。確かに樹くんが考えそうなことだとも思ってしまった。やけに巧を敵視してる彼のことだもんな。

 巧と樹くんが攻防を繰り返した挙句、樹くんが断固として動かない決意だけが残った。器用にも一応寝たフリはしている。

 巧は目を座らせながら、樹くんを足蹴りした。

「ちょ、ちょっと、蹴るのは可哀想だよ!」

 慌てて私が言うも、巧は樹くんを踏みつける足を下ろすことなく言う。

「これぐらいしないと俺の気はすまない」

「あらら……」

「はあ、やっぱりインターホンなんか出るんじゃなかった」

 そうため息をついた巧はちらりと私の顔を見た。その目と合ってついどきりと心臓が鳴る。さっきまでの空気感を思い出してしまった。

 やっといい雰囲気になれたところだったのにな、これじゃあ無理だ。

 巧は再び大きなため息をつくと、ヤケだと言わんばかりに樹くんが持ってきたビールをあおいだ。そして一気に飲み干すと、私にいう。

「杏奈は樹の部屋に行って寝ればいい」

「え、でも」

「俺たち二人が移動したらどうせこいつは目が覚めたーとか言ってまた乱入してくるだけだから」

「でも私一人なんて……」

「俺は樹に杏奈の寝顔を見せれるほど心が広くない」

 そう断言したのを聞いてつい恥ずかしさで目線を下す。ちょっと嬉しい気がする自分はちょっと重症かもしれない。

「……じゃあ、そうする」

「鍵ちゃんとかけて寝ろよ。おやすみ」

 テーブルの上に置きっぱなしにしている樹くんの部屋の鍵を手にとり、簡単に荷物だけ手にした。ちらりと巧を見ると、新しいビールを開けてまたあおっている。

 その横顔が拗ねたような、不機嫌なような顔立ちで、なぜか私はちょっとだけ嬉しかった。




 翌朝、身支度を整えて自分の部屋に戻ると、スッキリした顔の樹くんとぐったりした巧がいた。「いやーごめんごめん」と笑う樹くん、嫌がらせ成功して楽しくて仕方ないって顔してる。

 その上巧に帰れと言われてもそのまま居座り、三人で豪華な朝食を食べることになった。巧の不機嫌はピークに達していてハラハラしそうだった。

 結局チェックアウトギリギリになるまで三人で過ごし、そのあとは当然のように私たちの車に乗り込もうとした樹くんを、巧は華麗に置き去りにした。以前から思ってたけど、樹くんも大概だが巧もなかなか幼稚で負けず嫌いだと思う。

 ようやく樹くんを引き剥がしたことに安堵した巧と、せっかくなので軽く観光した。お土産もたんまり購入し、その土地の美味しい食物を大量に車に詰め込む。

 観光はまた新鮮だった。巧と見知らぬ土地を見て回るのは楽しかったし、色々なことに博識な巧には驚かされた。忘れてたけどこの人頭はいいんだっけ。

 昨晩はどうも不完全燃焼だったけれど、ようやく二人のリズムを取り戻して私たちは過ごせていた。