「……巧」

「笑わないの? もう結婚してるじゃんって」

「わら、わない」

 声が震える。彼の持つ指輪をそっと触った。

「わ、私でいいのかな……? 私オタクだよ」

「知ってる」

「結構ズボラだし」

「知ってる」

「家事もそんなに得意じゃないし」

「知ってる」

「なのに」

「全部知ってて、杏奈がいい」

 目の前が滲んだ。驚きと嬉しさの涙だった。

 今で感じたことのない、最高の幸福感が自分を包む。

「お願い、します」

 未だ震える声でそう答えると、巧が私を抱きしめた。熱い体温が溶け合う。

「いいの? 俺結構性格悪いけど」

「知ってる」

「細かいし嫉妬深いよ」

「知ってる」

「頭良くて将来の藤ヶ谷社長だよ」

「あは、急に褒めるじゃん!」

「事実だから」

 笑いながら私を離した彼の顔を見上げて、私は頷く。

「全部まとめて、巧がいい」



 めちゃくちゃ変わった順路を辿った私たちは、この日ようやく本当の夫婦になった。

 結婚から始まって付き合い、結婚に終わる珍しい形の二人だ。

 それでもこうじゃなかったら、きっと私はここまで来れなかった。

 かけがえのない存在を、得ることは出来なかったんだ。




「……あ、そうだ。もう一個プレゼントあった」

 私の薬指に指輪をはめたあと、巧が思い出したように言う。

 近くの戸棚を開けて何やらゴソゴソと漁った彼は、小さな紙袋を取り出してきた。それを私に差し出す。

「はい、お誕生日おめでと」

「あ、ありがとう……」

 指輪まで頂いたと言うのに。そんなにたくさん買ってくれなくてよかったのにな。私はおずおずと受け取り、中身を取り出してみる。なんだろう、あまり大きくない、ブランドでもない紙袋……

「…………
 うわああああああああ!」

 次の瞬間、私の絶叫がマンションに響き渡った。

「おおおおオーウェンの限定フィギュアああああ!! 手に入らないやつつううう!!」

「おま、声がで」

「どうしたのこれ?! 超レアなんだよ!!」

「指輪より喜んでないか?」

「ひゃーーー巧ありがとう! 大好き!」

「指輪より喜んでるな」

 巧は呆れて私を見ている。それに気づきながらも、オーウェンをテーブルの上に置いて拝むのに夢中だ。

「俺とオーウェンどっちがいいおと」

「オーウェン」

「即答すんな」

「三次元が二次元に敵うわけがない」

「最大のライバルが二次元だとは思ってなかったよ」
  
 不愉快そうに口を尖らせた巧に笑いながらふと思う。

 そりゃ二次元は最高なんだけどさ。

 巧と色々上手くいかなかった時は……オーウェンでさえ全然輝いて見えなかったし、ときめけなかったんだよな。

 ちらりと彼の横顔を見る。

 でも、これは内緒にしておこう。言ったらこの男、調子に乗りそうだもんな。

 私は一人笑った。





 END

サイドストーリーを掲載しますのでもう少しだけお付き合いください!