「……よかった」


完全にフリーズしているわたしとは、真逆。

雨夜くんは、そう言ってやわらかく表情を崩した。

わたしの元へかろやかに駆けてくると、「はい」とコインケースを差し出す。


「これ、昼に渡せないままだったから。先生に預けて帰ろうと思ってたんだけど、さっきたまたま教室見てみたら……きみがいて」


よかった、ともう一度言って、雨夜くんは目元をゆるめる。


けれどわたしは、まだ動けない。

微塵も予期しなかった状況に置かれて、脳が指令を出すことをやめてしまっている。


コインケースを一向に受け取らないわたしに、雨夜くんは不思議そうに首をかしげる。

そして、言った。


「……あの」


笑みを奥にしまった、真剣な顔になって。


「もしかして……永田、さん?」

「……っ!」


自分の名字を呼ばれた瞬間、止まっていた思考が再起動した。

全身があわだった。どうして。どうして、なんでわたしが永田だって。


パニックになりながら、わたしは驚愕の事実に気づく。

今、わたしがこの席に座っているということ。

青色表紙のノートを持っているということ。

それが……交換日記の相手であるという、なによりの証拠だということに。