……よけいなことを、考えちゃだめ。

わたしはそれから意識的に、本の世界に没頭するようにつとめた。


本って、とてもありがたい代物だ。

世界に入り込んでしまえば、その時間は現実からのがれることができる。

べつの人間になれて、べつの人生が送れて。そして最後には、たいていハッピーエンドが待っている。


けれど今日は、そのハッピーエンドに到達する前に。

――くう。


「……っ!」


お腹がマヌケな音を立てたせいで、現実に呼び戻されてしまった。

どうやらもう、お昼時を迎えたみたいだ。特に取り柄のないわたしだけれど、体内時計は割と正しかったりする。


……空き教室に隠れているだけなのに、お腹だけは一人前にすくんだな。

そんな自分に半ばあきれつつ、本を閉じて膝に置き、そばにあったカバンを開けた。


きんちゃく袋を、中に探す。

昼食用にと、家でこっそりおにぎりを作って入れてきたのだ。


「あれ……?」


けれどカバンの中をいくらかき回しても、きんちゃく袋は見つからなかった。

入れたつもりで忘れてきてしまったのだろうか。わたしはなんで、こうしょっちゅうドジばかり踏むんだろう。

ガックリと肩を落とす。そんなわたしをあざ笑うかのように、またお腹がぐう、と鳴った。


文化祭終了までは、まだ長い。

どうしようかと思うけれど、本館で買ってくるなんて絶対に無理だ。魂がいくつあっても足りない。