矢崎さんたちとドーナツを手放すのは、本当に惜しい。
でもわたしには、それよりも優先度が高い用事があった。
放課後は、図書室に行かなければ。
図書室にいなければ。だってもしかしたら。
もしかしたら今日は……雨夜くんが、来てくれるかもしれないから。
『……ごめん』
雨夜くんのおばあさんが倒れて、雨夜くんの本音を聞いたあの日以来。
雨夜くんはぱたりと、図書室に来なくなってしまった。
予鈴が鳴るまで粘って待てども、図書室のドアが開くことはなくて。
『お疲れさま、永田さん』
鼓膜を揺らす優しい声は、聞こえなくて。
包み込むようなやわらかい笑みも、今では実際に見られるものでなく、思い出せるものでしかなくなってしまっている。
雨夜くんは、もうこのまま会ってくれるつもりはないのだろうか。
あれきりで、つながりは切れてしまったのか。そう考えるだけで、涙が出そうになってしまう。