さかのぼる。巻き戻す。思い出す。
『俺と話そう、永田さん』
わたしを救ってくれた、あの一場面。
「……俺ね。永田さんに優しくすればするほど、完璧な人間に戻れる気がしてた」
「……っ」
「永田さんは、俺にいい言葉ばかりを当てはめてくれるから……気持ちよかったんだ。最低だろ?」
雨夜くんの自嘲的な言葉が、わたしの耳に届いた。
届いたけれど、うまく脳みそまで伝わらない。全細胞が、今聞いた言葉たちを受け取れずにいる。
「全部自分のためだった。俺は永田さんを、利用してたみたいなものだ」
……ねえ、雨夜くん。
「完璧で優しい雨夜くん、なんて、どこにもいないよ」
……ねえ、雨夜くん。待って。
「俺は……許せないって気持ちに支配された、打算だらけのひどいヤツだ」
……お願い。そんなこと、言わないで。
「……ごめん」
ひとつ、ふたつ、みっつ。
沈黙のカウントを置いたあと、雨夜くんは言った。
小さな声だった。にじんだ声だった。
雨夜くんは笑っていた。泣いているようにも見えた。
わたしは何も言えなかった。心が抜け落ちたみたいだった。
雨夜くんが、きびすを返して立ち去っていく。
大きなはずの背中が小さくなっていくのを、わたしはただ……見ていた。