「……涼」
おばあさんの覚悟を決めた声が、わたしの鼓膜までもをふるわせる。
「わたしはね。お前の母親……歩美(あゆみ)の居場所を、知っているんだよ」
え、と。雨夜くんの口から、かろうじてかたちになったような音が漏れた。
整った顔から、どんどん温度が抜け落ちていく。
顔の筋肉が、本来の動き方を忘れたみたいに、ヒクヒクと引っかかった動きをしている。
「ずっと音信不通だったから……知ったのは最近なんだけどね。数か月前、あの子の夫だって名乗る人物から、電話がきたんだ。あの子……うちを出ていってから、再婚してたんだね」
雨夜くんの顔は、もうピクリとも動かなくなっていた。
目鼻立ちが整っている分、命を宿さない人形みたいに見えてしまって。ブワッと、背中から鳥肌が広がるのを感じた。
「あの子は……歩美はね。数年前に、若年性アルツハイマーになったらしい。今は、昔のことまですっかり思い出せなくなっているみたいだ」
……アルツ、ハイマー?
当事者じゃないのに、頭を殴られたような衝撃を受ける。
昔のことを思い出せないって。それって、雨夜くんのことは……?
「これ以上進行したら、身の回りのことも自分でできなくなる。だからその前に……会いに来てくれはしないかと。そういう連絡だった」