〝美和〟。

物語の中に突如、そんな名前の登場人物が出てきたからだ。


つい先ほどまで夢中になっていたのに、一瞬で物語の世界から、現実世界に引き戻される。


……せっかく、この図書館まで逃げてきたのに。

息をこぼし、わたしは感情のままに顔をゆがめた。


ポニーテールの髪型だったり、本の中の登場人物だったり。

日常のちょっとしたものが、ふいに、暗い記憶の引き出しに手をかけてくる。


わたしの中には、しこりのようなものがある。

とろうとしてもとりきれないもの。流そうとしても流れてくれないもの。


しこりは小さくなってくれることもあれば、ぶり返して大きくなることもあって。

大きくなったときには、いっそ窒息してしまえたらって思うほどに、呼吸が苦しい。


忘れようとつとめていれば、消えることがあるのかな。

見ないふりをしていれば、いつか消えるのかな。


見なければいい? 逃げ続ければいい?だってわたしは、美和のことを許せない。

たとえ……どんな謝罪の言葉を、並べられても。