「永田さん……ですよね?奇遇ですね」


ふわっと、もともと柔和な顔をさらにゆるめて、笑みを向けてくれる藪内さん。

名前を覚えてくれていることに感激しつつ、わたしは同時に気まずさを感じた。


この間、美和を見てから急に血相を変えて走り去ってしまった自分。

藪内さんはきっと、何事かとびっくりしたことだろう。


けれど藪内さんは、その件を気にする素振りは見せなくて。

図書館用のボリュームにした声で、そっとおだやかに話しかけてきた。


「永田さん。家、この近くなんですか」

「あ……い、いえ……!電車で来ました。ここ、綺麗で本の数も多いので……」

「ほう。読書が好きなんですね」


ゆとりのある声に、うなずいて思った。

藪内さんて、どこか雨夜くんに似ている。


見た目の感じは違うけれど、言葉がやわらかくて、おだやかで優しい。

そのほかにも品があるところとか、もろもろ通ずるところがある。


「あ……藪内さんも読書しに、ですか?」

「ああ、そうですね……どちらかというと、勉強をしにきました。でも集中力が切れたので、休憩に少し本を読もうかと本棚を回っていたんです」