今日も、前もって心に決めてきた本はない。どうか、現実逃避させてくれる素敵な本に出会えますように。

現代書の書架まで歩くと、ずらりと並ぶ背表紙に、丁寧に視線をすべらせていく。


前に見つけた【夜の雨】も気になるけれど、また雨夜くんのことをぐるぐる考えてしまってはいけない。

別のものでなにかないだろうか。そう思って横歩きで見ていくうちに、ふと一点で目を止めた。


釘付けになったのは、淡い緑の背表紙。

形容しがたいけれど、なんとなく惹かれるものがある。


「……あっ」


けれど手を伸ばして、すぐに引っ込めた。

隣にいた人が同時にその本を取ろうとして、指先がぶつかってしまうところだった。


「す、すみませ――」


とっさに一歩後ずさりし、そして思わず目を丸くする。


同じ本を取ろうとしていたのは、なんと藪内さん。

雨夜くんとともに夜間に通っている、あの品の良いおじいさんだったのだ。


なんで藪内さんがここに。口が音をなさずに、パクパクと動く。


「あれ」


藪内さんも目を丸くして、驚きの声を上げた。