「あら?

わたしは"デート"した覚えはないんだけど?」



「もー、すぐそうやって俺のこといじめる。

俺とお嬢のふたりきりで出かけてるのにデートじゃないっていうなら、なんて言うの」



甘いハニーブラウンの髪が、窓から差し込む陽光で淡く揺らめく。

整った容姿に拍車をかけるように色気が薫り立って、年齢を知らずに出会っていたら到底同い年には見えないなと思った。



(しつけ)でしょう?」



「……そういう言い方はずるい」



否定できない、とつぶやく彼。

デートという言葉を受け入れたわけではないのだけれど、もちろん躾というのは冗談半分だ。



ふたりで出掛けることをデートと言うくせに、なぜかそこだけは真に受けている。

否定しておこうと、薄く口を開いたとき。




「あああああああっ、レイちゃんいたー!!」



耳に届く絶叫。

聞き慣れた声に"レイ"と呼ばれて顔を上げれば、『廊下は走らない』なんて小学校のような貼り紙を完全無視して走ってくる男の子が一人。



誰かとぶつかるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたけれど、無事に彼はわたしの元までたどり着いた。

……危ないわね、まったく。



「……どうしたの、芙夏(ふうか)



全速力で走ってきたのにわたしの前で蹴躓くことなく綺麗な急ブレーキをかけた彼は、ぜぇぜぇと肩で息をしながらわたしを見上げる。

どう見たって今ダッシュしただけじゃありえない疲れ様だ。"いた"って言ってたし、もしかしてわたしのことを探していたんだろうか。



「っ、レイちゃんいつも教室にいるから、今日も絶対いると思って勉強教えてもらうつもりだったのに……!

今日に限って教室にいないから探し回ってたんだよー!」



どこ行ってたの!?と息を整えながら、彼が尋ねてくる。

汗で額に張り付いた前髪をなおしてあげれば、彼はいろんな感情が混ざり合う表情で「ありがとう」とお礼を言った。