洗った手を、ポケットから取り出したレースのハンカチで拭う。
我ながら、顔に似合わない趣味のハンカチだと、この場に似つかわしくないことを思った。
個室から出た時に一度だけ合っていた視線。
それをもう一度合わせると、脅したつもりもないのに彼女たちは青ざめる。
「ただし、一歩間違えたら噛みつかれるどころか殺されちゃうから気をつけて?」
にっこり。
嫌味なくらいの笑顔を向けて、お手洗いを出る。その先で壁に背を預けスマホをいじっていた彼が、わたしに気づくとすぐさま擦り寄ってきた。
「遅いよ、嬢。どうしたの? お腹痛い?」
問い掛けながら、するりと腰に回される腕。
必然的に近まる距離にくすっと笑って、男の頬に手を添える。それからその指を滑らせて顎先にかけ、親指でくちびるをなぞれば甘く細められる瞳。
……少々発言に、デリカシーはないけれど。
「それでも"おすわり"って命令に、ちゃんと従ってたんでしょう?
わたし、お利口な子はとっても好きよ」
「ふ……俺のかわいいご主人様」
艶っぽい容姿に加えて、甘え癖のある男。
きっと、女からすれば堪らなく愛おしいタイプの男。その割に、女関係ではひらひらと蝶のように手の隙間からすり抜けていくタイプで、ひとりの女にとどまろうとしない。
好き、と囁いてくる彼にもう一度くすりと笑って、行きましょうと歩みを進める。
その間も彼はわたしに密着したまま離れようとせず、「ねえねえ嬢」と話しかけてきた。
「なぁに? 雪深」
いつも"ユキ"と呼ぶわたしが、ちゃんと名前で呼んでやれば堪らなく嬉しそうな表情を見せる彼。
犬のように甘えるくせに、猫のように気ままで。手懐けるのは容易ではなかったのだから、わずか一年でここまで懐かれていていることに我ながら驚く。
「最近あんまりデートとかしてくんないじゃん。
……遊んでくれないと、俺拗ねちゃうよ?」