懐かしい匂いがする。
 誰かの話し声が私を素通りしていく。

 目蓋を開けたくないのは私の存在が空気だからだ。 その話し声が私の身体の上を横切るからだ。

(目を開けたくない)
(ずっと夢を見ていたいの)
(このままでいいから)

 それでも目蓋が勝手に開いていくのは、そこで待っている人達がいるから。
 私はそれを知っている。

「リリィお姉様!」

「リリィ」

 確かに私の名を呼んでいる。
 一瞬、現実とは思えなかった。 そこはさっきまでいたはずの城ではなかったからだ。

(あぁ、あれは夢なのね。 私は夢を見ていたのね……)