「今は少し薬が効いていますので、のちほど」

揃わない足音が近付いてくるのが分かる。

「勿体つけるな」

顎の下をぐっと掴まれ乱暴に顔を上に向かされた。

「・・・手荒に扱うのはナシにしてもらえませんかね」

時雨が冷ややかに制しても、男は手を離さないどころか嘲笑い。

「売りモンじゃねぇならレンタル料を払ってやる。金さえ払えば文句はねぇだろう、人形堂」

「安くはありませんよ」

答えたのは叶。
 
「なら今回の報酬に上乗せしとけ!」

「そうさせていただきましょう」

聞こえる声がずっと、科白じみていた。目隠しで見えてなくても判る。そして時雨はあたしを抱えたまま離さなかった。

ふいに何かが弾けたように意識だけが覚醒する。“売られた”のだと血の気が引いた。これが叶の言うあたしの役割だったのかと。取引の道具?男の欲望と引き換えの。
 
うそ。うそでしょ叶。だってそんなはずない、違う、騙してたなんて、そんな。

心ごと闇に引きずり込まれていく。全てが暗闇に。いっそ本当に何も見えなくなっちゃえばいい。見たくない、もう何も・・・!

石になったあたしの耳許で時雨が低く囁いた。ひと言、「スズ」とそれだけ。それだけだったのに。

その瞬間を信じたあたしを掬ったのは神様?それとも。