叶の全部が好き。顔も体も、声も仕草も。優しいところしか見せないオトナの狡さでさえ・・・、あたしが愛しいと思えるたった一人のひと。

時雨は。叶に無いものを持ってるひと、叶とは違うひと。でも居心地は悪くないひと。安心できるひと。あの力強くて逞しい腕に抱き竦められて・・・?




 

湯上がりの肌の手入れも済ませてリビングに戻ると、叶はソファで雑誌を手にしていた。

「時雨は帰ったよ。用事があってしばらく来られないらしい」

姿を探すあたしの視線だけで、叶は答えを先回り。

「・・・そう」

だったら、さっき言えばいいのに。樹ってやっぱり猫っぽい。欲しい時はじゃれついてくる癖に、すぐどっか行くし気儘だし。
 
「寂しい?」

クスリと叶が笑う。 

断じてそういうのとは違う。と思う。だって、あたしには叶がいるもの。

「・・・・・・」

「足りないって顔をしてる」

今度は妖しい微笑み。首を横に振ったあたしを叶は差し招く。
 
「そんな物欲しそうな顔で僕を誘うなんて狡い子だね、スズは」

手を引かれて優しく掴まえられた。

「僕を時雨の代わりにするの?」

「違っ・・・!」

あたしは泣きそうだったと思う。本気で言ってないと判っていても、そんな風に思われるのだけは絶対に厭だった。ぎゅっと彼の胸にしがみつく。代わりなんて。叶があたしの全てなのに・・・!
 
「スズ」

子供を宥めるような柔らかなトーン。おずおずと顔を上げるとキスを落とされた。額に頬に、唇に。

「ごめん。ちょっと意地悪したくなった」

優しい目。

「じゃあ僕はどんな風にスズを啼かせようか」

それだけで。
麻痺してく。
甘さで。
あたしは蕩けてく。

夢心地で聴いていた。
呪文のような言葉を。



「本当に可愛いよスズ。・・・君はなにも考えなくていい。僕の言うことだけ聞いて、愛されていれば」