「好きだった人?」とそう繰り返すと、宏海さんは肯定するように頷く。
「私ね、7年前の今日、交通事故にあって死んだの」
「はい」
「命日に少しだけ時間を貰ったのだけれど、どうしても最期に消える前にあの人の名前と顔を思い出しくて」
話を聞いていると、どうやら事故の衝撃のせいか好きだった人の名前と顔を忘れてしまったらしい。毎年命日になると今みたいに幽霊の姿で現れていたらしいが思い出す手掛かりすらないのだと、彼女は言った。
私もたまたま今年が受験だから学校に来ていただけだ。去年の今日も美術室に来たら彼女に会えたのかもしれない。
タイムリミットは残り1時間。宏海さんが事故に合ってしまった16時まで。
彼女の7回忌である今日が本当に最期のチャンス。
「お付き合いされて、いたんですか?」
私の質問に彼女は首を横に振る。
「告白しないまま死んじゃって。同じ美術部の人だったの」
あの人を忘れてしまった事だけが唯一の心残りだと。そう悲しげに笑った宏海さんを目の前にして、私はきゅっと口元を結ぶ。
「お手伝いはできますが、絶対に分かると保証することはできません」
突然現れた幽霊のお願いを素直に受け入れるなんて馬鹿げたことだと思う人もいるかもしれない。名前も顔も知らない人を探すのは無謀だと呆れる人もいるかもしれない。私のことを偽善者だと思う人もいるかもしれない。
それでも私は彼女に手を差し伸べたくなってしまった。
「それでもいいわ。元々あまり期待はしていないの」
きっとこれは同情ではない。何故だか他人事には思えなかったのだ。