そんな実感に浸っていると、杏里がおもむろに口を開く。

「……ねぇ、これはバレンタインのお返しとしてじゃなくて、ただのお願いなんだけど」

「なに?」

今度は下を向いて彼女は言う。

「……これからも、二人でいる時は名前で呼んでほしいな、って」

その照れたような顔に、俺の何かが外れとんで言ったのを感じた。

「……もちろん。可愛い彼女のお願いを、断るわけないじゃん」

そう言いながら、下に置かれた杏里の手を取る。

「そのかわり、俺のスキンシップ、許してくれる?」

手の甲に、ついばむようなキスを落とせば、彼女はボッっと赤面した。

落ち着かない様子で、きょろきょろと視線を彷徨わせた後、

「……いいよ」

赤面しつつも、そう返してくれた彼女ににこり、と笑いかける。

「ありがとう杏里」

テレテレと照れ続けたままの愛しの彼女を見つめながら、俺は握った手の温もりをずっと感じていた。


「杏里ちゃん、悠希、おやつの追加よ……ってあら?」

その後、部屋に母親がやって来るまで、二人の間には甘酸っぱい空気が流れていた。