狼狽えている時間はなかった。


サイレンが近付き、止まる。待ち受けていたスタッフで救急車の後部扉を開き、乗っていた救急隊員がストレッチャーを下ろす。後から付き添いの母親と思しき女性が涙を溜めながら降車した。

舞の赤く染まった口元にはアンビューバッグが押し当てられ、胸部は救急隊員によって乱暴とも思える強度で目一杯押し込まれていた。

「状況はっ!?」

外来から全力で走ってきたであろう耳鼻科の池野医師が、息を切らしながら叫ぶように尋ねる。

「救急車内で心室細動(VF)に移行、出血は約千ミリ程度と思われます!」

「了解! すぐに両手ルート取って! 輸液はカリフリー全開! 輸血とDC準備できてるよねっ!?」

「はいっ!!」

医師の指示で皆一斉に散らばり準備に取り掛かる。平素、のほほんとした印象の池野が迅速な指示を出しているのを、悠貴は何もできずに呆然と眺めている自分に気付いた。

(何やってんだ俺っ……血圧計くらい巻けるだろうがっ……!)

緊迫した状況では誰も叱ってなどくれない。自分で自分に喝を入れ、震える足で何とかストレッチャーに近付く。

しかし血塗れのまま蒼白な顔で眠る舞を見ると、恐怖が込み上げたじろいでしまう。

「ショックかけるよっ! 1、2、3っ!!」

舞の身体がストレッチャーの上で跳ねる。



『怖い……私も同じように死ぬんじゃないかって怖いの……。お母さんも同じように私が死ぬことを恐れてる……手術なんて、できないわよ……』


そう呟きながら悠貴に抱きついた、彼女のらしくない弱気な言葉を思い出す。

(くそっ……動け、動けよ俺っ……!)

「入山代わって!」

舞に馬乗りになり心臓マッサージをしていた看護師が交代を指示し、悠貴は弾かれたように顔を上げる。

そのままその看護師と入れ替わりにストレッチャーへと飛び乗り、懇親の力で舞の胸部を押した。

「何やらかしてんだお前っ!! これで俺が責任取らなきゃならなくなっただろーがっ!! 早く起きて俺のことぶん殴れよっ!!!!」

瞳を閉じたまま何も言わない舞を見下ろしながら、悠貴は叫ぶ。

「他人のせいにするのがお前の十八番だって前にも言っただろ!! 死んでんじゃねぇよ!! 生きろっ!!」

意識のない舞に届くように、ありったけの力を篭める。


「戻ってこいよ!! 舞────っ!!!!」


「一旦波形確認! 心マ止めて!」

池野の指示に、悠貴が手を止める。皆一斉にモニターへと目を向ける。

モニターにはゆっくりとだが、規則正しい心電図の波形が刻まれていた。

「サイナス波形……戻っ……た……?」

悠貴は自分の目が信じられず、舞に視線を戻す。僅かに胸が上下している。

「波形戻りました!!」

「ぃよっしゃあぁぁっ!!」

スタッフ一同が、舞の心拍再開に一斉に沸き立つ。

「入山良くやった! ICUの準備してきてっ!」

「は……はいっ……」

ストレッチャーから転げ落ちるように降りた悠貴を、先輩看護師が激励する。何とか返事をして、力の抜けた足で転びそうになりながら悠貴はICUへと向かう。

「よ……良かった……」

安心したら、何故か鼻の奥がツンと痛くなる。

「あ〜……俺ってもしかしてアイツのこと……マジかよ……」

一つ大きく鼻を啜って、悠貴はICUへと続く扉を開けた。