瀬山はそこで一度言葉を切り、ちらりと蓮の方を見る。そして意を決したように蓮の耳を両手で塞ぐと、気まずそうにこう付け足した。

「また、この温泉の効能には、催淫作用……もあると言われております。幻覚、自白、催眠……この三つの作用で人同士、特に男女を親密にすることから、ここは縁結びの宿として有名になったのです」

瀬山の言葉を聞き、鷹峯が大袈裟なほど大きな溜息を吐く。

「そもそも雨宮さんの身体に大きな傷があるということを、女性陣は誰も知らなかった。元々認識していないものを見えないようにすることくらい、この環境を利用すればいちいち一人ずつに催眠をかけずとも容易だった、ということでしょう」

鷹峯の補足に、瀬山が頷く。

「少年はずっと我々を観察していた。そして気付いたのでしょう。桜井君が、雨宮さんの身体のことを知っている可能性がある、と。桜井君の前に現れて直々に催眠を施したのはこの為ですね?」

今度は蓮が不安げに頷いた。彼はどこか、鷹峯に対して怯えたような表情を見せた。

「あはは、本当に洞察力の優れた少年ですねぇ、まったく。……虫唾が走るほどに」

蓮がびくりと身体を揺らし瀬山の後ろに隠れる。まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。

「……おい、毒づきたい気持ちは非常に分かり過ぎるほど分かるが落ち着け。ガキが怯えてる」

先程まで同じようにイラついていた恭平も、鷹峯の凍てつくオーラを前に流石に窘める。

「毒づきたくもなりますよ! その少年のせいで私は大変な目に遭ったんですから!」

対する鷹峯は、恭平が思っていた以上に御立腹のようだ。

「皆さんがそれぞれ出ていったあと、私と雨宮さん二人になった瞬間がありました。私は雨宮さんに陰の湯を使うよう促した。それで少年は思ったわけですよ。私も雨宮さんの秘密を知っているかもしれない、とね。私が一人になった瞬間を狙って部屋にやってきました。ところが、私にはこれっぽっちも催眠が効かなかったんです。その時は客の子どもが迷い込んできただけだと思って気にもとめなかったんですがね」

イライラした調子で鷹峯がそう捲し立てると、瀬山もまた怯えたように狼狽える。

「催眠はやはり人によって効力が違いますから……性格的にかかりにくい方というのもいます。特にここの温泉の効能は、アルコールに強い方には効きにくいと伺っておりますが……」

その言葉に、恭平は納得の表情を示した。

「お前、そのひねくれた性格の上にザルだもんな……」

「ええ、お陰様で。それに雨宮さんは素直な性格でどちらかと言うと下戸でしょう。当事者のくせにがっつり事故の記憶を隠蔽されていた上、催淫されまくってましたからね」

対する鷹峯も、恭平の言葉を特に否定するでもなくあっさりと認める。

「されまくってって……お前なぁ」

鷹峯は先程とは一転、愉快そうに口角を吊り上げた。

「いやぁ〜いっくら桜井君がテクニシャンでもねぇ。まさかキスだけで」

「だぁーーーーっ!! 覗き見してんじゃねぇよっ!!!!」

二人の会話に、瀬山が気まずそうに咳払いをする。

「当館の始まりとも言われるこの縁の間……。こちらに併設されたあの陰の湯は、源泉の目と鼻の先。そこで催眠をかけられたら最も強力に催眠状態に陥るのです。蓮はあなたに催眠をかけるため、そのタイミングを狙ったのでしょうが……」

鷹峯が思い出したように眉間にシワを寄せた。

「あそこにあった大きな姿見ですよ。対象者が鏡に写ったタイミングで、鏡の裏にある隠し部屋から催眠をかけるんです。自己催眠の応用で、他者にかけられるよりも催眠状態に陥りやすくなるんです」

まぁ、それでもかからなかったんですけど、と鷹峯は宣う。