あれは雛子が倒れて、部屋まで運んだ時のことだ。

(あの時……)

体調不良に気付かず、勤務終わりに雛子をきつく叱りつけた。その直後彼女は意識を失い、慌てて部屋に運んでベッドに寝かせ、結局心配で朝まで居座った。

その時、彼女の服が少しだけ捲れていることに気が付いた。それを直そうとした時。

(腹部に……傷痕、のようなものが……)

そこだけ他の皮膚と違うように見えた。気になって少しだけ見てみたくなり、服を捲ろうとしたところで彼女が目を覚ましたのだ。

(それに……)

あの日、雛子が薬箱から取り出して内服した薬を恭平は記憶していた。数種類の鎮痛薬と抗不安薬。

本人は人目につかないところでこっそり飲んでいるつもりかもしれないが、やはり一緒にいる時間が多かった恭平は時々内服している姿を目撃することがあった。

前にそれとなく訪ねた時「頭痛持ちなんです」と彼女は言っていたが、あの薬は一般的な頭痛で飲むものではない。

酷い頭痛で抗不安薬などを処方することも無きにしも非ずだが、ただの頭痛であれほどの種類と量を処方されるとは到底考えられない。

(何なんだ……この違和感と、胸騒ぎは……)

そう思いながらも、入浴後の心地好い気怠さと眠気に次第に思考も奪われていく。

(ん……何だ?)

微睡みの中、すぐ近くで誰かが動く気配。

鷹峯が戻ってきたのだろうか。先程出ていったばかりのような気もするし、もう長いこと経っているような気もする。

しかしその気配は恭平の傍にただずむばかりで、一向に声をかけてくる様子がない。仕方なく、恭平は重い瞼を薄らと開く。

そこには。

(は……?)

恭平を覗き込んでいたのは、浴衣姿をした子どもだった。肌は透けるほど白いのに、髪と瞳は闇を凝縮したように黒い。

小さな男の子が、無表情のままじっと恭平の顔を見つめていた。

(こど、も……? 何で……)

その記憶を最後に、恭平は深く深く、眠りの海に沈んでいった。