「……」

二人だけになると、恭平は何か言いたそうな顔で鷹峯を見遣る。

「何ですか、その目は?」

鷹峯が訊ねる。

「……誰だ、あれは?」

恭平が問う。

「さぁ、誰でしょうねぇ?」

鷹峯が答える。

「雨宮雛子だ」

「雨宮雛子さんですねぇ」

「……」

「何が言いたいんですか?」

不毛な問答。そのまま再び考え込んでしまった恭平に、鷹峯は可笑しそうに笑う。

「よく分からん。ただ、傷が……」

粗雑に頭をかく恭平は、どこか納得いっていないという様子だ。

「傷、ですか。雨宮さんも同じようなことを言っていましたねぇ」

何かが不自然な気がした。まるで雛子が雛子ではないような、微かな違和感。しかしそれを証明するすべはないし、本人じゃないとして一体誰なのかと問われれば答えは出ない。

「……いや、やっぱり何でもない」

「そうですかぁ。ま、良いですけど」

考え込む恭平を後目に、鷹峯はようやく席を立つ。

「どこ行くんだよ?」

「私もせっかくなので専用露天風呂、行ってきます」

鷹峯はそう言って入浴の準備を始める。

「ん。ちょっと寝るから、戻ったら起こして」

「はいはい」

手荷物の用意ができると、鷹峯はさっさと扉の向こうへと消えていった。

部屋で一人取り残された恭平は、さっきまで雛子が寝ていた布団にゴロリと寝転がる。

古民家風の高い天井は吸い込まれそうなほど暗く、ぼんやり見つめているだけで眠りの世界に意識が落ちていきそうだ。

恭平は重くなった瞼を閉じる。脳裏に浮かぶのは、とある夏の日────。