「え……私、ですか?」
遅番で出勤して早々、にこやかな笑顔の師長に肩を叩かれ真理亜は師長席に呼ばれていた。
「でも初発のロイケですよね? 私来月いっぱいで辞めるんですけど……」
少なくとも一年程度は入院するであろう相手のプライマリーに、何故自分が抜擢されたのか。真理亜は首を傾げる。
「今ねぇ、皆重い人達抱えててすぐには付けられそうにないのよ。それに十一月中には血内病棟へ引き取ってもらうって約束で今回受け入れてるから大丈夫。ね?」
一体何が大丈夫なのか分からないが、お願い、と師長に手を合わせられては真理亜も断れない。しかし妹と同じ年頃の白血病の少女を受け持つなど、正直気が乗らなかった。
(私、殺しちゃったりしないかしら……?)
妹が死んだあの日のことがフラッシュバックし、全身にぞわりと鳥肌が立つ。
その鳥肌が恐怖なのか、嫌悪なのか、はたまた妹を手にかけた時のえも言われぬ興奮によるものかは定かではない。
自分自身が信用できず、真理亜は心の中で溜息を吐いた。
「まぁあなたなら大丈夫よ! ね? お願いお願い。入院の受け入れは午前中に済ませてるから、ほらプライマリーとして挨拶してきて」
「は、はい……」
師長に背中を押されてステーションから追い出され、真理亜は仕方なしに患者の病室へ向かう。
「失礼します」
ノックをし、個室の病室へと入る。
「あ、こ、こんにちは……」
不安げな瞳でこちらを見上げる少女、東雲百合、十五歳。
(似てる……)
百合という名前だけではない。
幼い顔立ちも、長くて真っ直ぐな髪も、華奢な体つきも。
(唯に、似てる……)
どことなく妹の姿が重なる少女に、真理亜は一瞬言葉に詰まる。
「あの……」
ベッドサイドで鼻をすすりながら涙を拭っていた母親らしき人物が、訝しげに声を掛ける。
「あ……すみません。私、今回の入院で担当になる清瀬と申します。よろしくお願いします」
我に返り、真理亜は自己紹介を済ませる。涙が止まらないらしい母親とは違い、娘であり当事者である百合は先程とは打って変わって綻ぶような笑みを見せた。
「ああ、そうだったんですね。はじめまして、東雲百合です。よろしくお願いします」
「っ……」
屈託のない笑顔まで、やはり妹とそっくりだった。
一通り必要なことを話し、真理亜は病室を後にする。
「……」
今までだって、白血病の患者は何人かいた。今更何か思うこともないではないか。
そう自分に言い聞かせながら、足早にステーションへ入る。
「……真理亜」
「っ、恭平……」
不意に名前を呼ばれ、せっかく平常を取り戻せそうだった心が再び脈を打った。
「大丈夫か」
大丈夫じゃないだろう。恭平の言葉には、そんなニュアンスが含まれているように思えた。
真理亜は力なく笑い、けれどすぐに上手く笑えなくなって下を向いた。
恭平の大きな手のひらが、徐ろに真理亜の肩を捉える。ゆっくりと落ち着かせるかのように肩に触れるその姿を、雛子は遠目から複雑な気持ちで見つめていた。
遅番で出勤して早々、にこやかな笑顔の師長に肩を叩かれ真理亜は師長席に呼ばれていた。
「でも初発のロイケですよね? 私来月いっぱいで辞めるんですけど……」
少なくとも一年程度は入院するであろう相手のプライマリーに、何故自分が抜擢されたのか。真理亜は首を傾げる。
「今ねぇ、皆重い人達抱えててすぐには付けられそうにないのよ。それに十一月中には血内病棟へ引き取ってもらうって約束で今回受け入れてるから大丈夫。ね?」
一体何が大丈夫なのか分からないが、お願い、と師長に手を合わせられては真理亜も断れない。しかし妹と同じ年頃の白血病の少女を受け持つなど、正直気が乗らなかった。
(私、殺しちゃったりしないかしら……?)
妹が死んだあの日のことがフラッシュバックし、全身にぞわりと鳥肌が立つ。
その鳥肌が恐怖なのか、嫌悪なのか、はたまた妹を手にかけた時のえも言われぬ興奮によるものかは定かではない。
自分自身が信用できず、真理亜は心の中で溜息を吐いた。
「まぁあなたなら大丈夫よ! ね? お願いお願い。入院の受け入れは午前中に済ませてるから、ほらプライマリーとして挨拶してきて」
「は、はい……」
師長に背中を押されてステーションから追い出され、真理亜は仕方なしに患者の病室へ向かう。
「失礼します」
ノックをし、個室の病室へと入る。
「あ、こ、こんにちは……」
不安げな瞳でこちらを見上げる少女、東雲百合、十五歳。
(似てる……)
百合という名前だけではない。
幼い顔立ちも、長くて真っ直ぐな髪も、華奢な体つきも。
(唯に、似てる……)
どことなく妹の姿が重なる少女に、真理亜は一瞬言葉に詰まる。
「あの……」
ベッドサイドで鼻をすすりながら涙を拭っていた母親らしき人物が、訝しげに声を掛ける。
「あ……すみません。私、今回の入院で担当になる清瀬と申します。よろしくお願いします」
我に返り、真理亜は自己紹介を済ませる。涙が止まらないらしい母親とは違い、娘であり当事者である百合は先程とは打って変わって綻ぶような笑みを見せた。
「ああ、そうだったんですね。はじめまして、東雲百合です。よろしくお願いします」
「っ……」
屈託のない笑顔まで、やはり妹とそっくりだった。
一通り必要なことを話し、真理亜は病室を後にする。
「……」
今までだって、白血病の患者は何人かいた。今更何か思うこともないではないか。
そう自分に言い聞かせながら、足早にステーションへ入る。
「……真理亜」
「っ、恭平……」
不意に名前を呼ばれ、せっかく平常を取り戻せそうだった心が再び脈を打った。
「大丈夫か」
大丈夫じゃないだろう。恭平の言葉には、そんなニュアンスが含まれているように思えた。
真理亜は力なく笑い、けれどすぐに上手く笑えなくなって下を向いた。
恭平の大きな手のひらが、徐ろに真理亜の肩を捉える。ゆっくりと落ち着かせるかのように肩に触れるその姿を、雛子は遠目から複雑な気持ちで見つめていた。