「雛子ちゃん、創処置セット、五号室にお願いできる?」
「は、はい!」
病棟に来て始めの一週間で一通りのオリエンテーションを受けたあとは、OJT─────所謂、実務を通しての技術習得となる。
とはいえすぐに患者を受け持つことはもちろん不可能。まずは物品の名前や場所を覚えたり、手技の見学、そして業務時間外はほとんど参考書と睨めっこして時間が過ぎていく。
あっという間にゴールデンウィークも終わり、東京は六月にして既に初夏の空気を纏い始めていた。
「えーっと、『鑷子、消毒、ガーゼ』はこれでしょ。あとは『皮膚接合用テープ』と、『ドレッシング製剤』……」
ようやく生活や職場にも慣れ始めたとはいえ、雛子の看護師人生はまだ始まったばかり。
「この『ドレッシング製剤』って……な、なんだっけ……? ドレッシング……ドレッシング……」
頭の中でソフトモヒカンをした裸の天使が、ご長寿料理番組のテーマソングを陽気に踊る。
真理亜に頼まれ処置室に来たまでは良いものの、自分で書いたメモを睨みつつ雛子は眉間に皺を寄せる。
「ううっ……説明受けた時は納得したつもりなんだけどなぁ……えっと、これじゃないし……これも違う……よね? わ、分からないよ〜っ」
滅菌物品を仕舞ってある棚を覗きながら、それらしいものを見つけては落胆し元に戻していく。
(これ、同期いなくて正解だったかも。悪目立ちするところだった……)
仕事の出来ない自分に、一瞬そんな事を考える。我ながらなんて情けない考えなんだと溜息を吐き、再び捜し物を再開する。
看護学校に入学した頃は「白衣の天使」というワードに憧れを抱いたものだが、現実はそう生易しいものではない。
「何探してんの? ああ……ドレッシング製剤ならその棚じゃなくてこっちな」
不意に後ろから声がしたかと思うと、横の棚から取り出した箱をひょい、と渡される。
「その中に色んな種類のが入ってるから、そのまま持ってってどれ使うかは真理亜に聞いて」
「桜井さん!」
振り向くと、そこには気だるそうに欠伸をする恭平の姿があった。
雛子は渡された箱の中身を確認する。
「ああ〜! これですこれ! ありがとうございますぅ〜!」
真理亜と患者を待たせている焦りからか、雛子には恭平がまるで神のようにも見える。
「おう」
初対面時はどうなる事かと思ったが、恭平は何だかんだと言いつつ面倒見が良く、こうしてさり気なくサポートもしてくれている。
その上決して自分の仕事も怠ることはなく、何でもそつなくスマートにこなす所謂『デキる男』なのだ。
(仕事も出来て優しくてイケメンで……桜井さんって格好良い先輩だなぁ……)
出来の悪いプリセプティで申し訳ないと思うと同時に、雛子は恭平に対し、初対面時とは打って変わって尊敬の念を抱いていた。
「……って何してるんですか?」
恭平はポケットから取り出した携帯栄養食を、徐ろに口へと運んでいた。
「メシ。朝食べてないから」
時々、変わってはいるが。
「は、はい!」
病棟に来て始めの一週間で一通りのオリエンテーションを受けたあとは、OJT─────所謂、実務を通しての技術習得となる。
とはいえすぐに患者を受け持つことはもちろん不可能。まずは物品の名前や場所を覚えたり、手技の見学、そして業務時間外はほとんど参考書と睨めっこして時間が過ぎていく。
あっという間にゴールデンウィークも終わり、東京は六月にして既に初夏の空気を纏い始めていた。
「えーっと、『鑷子、消毒、ガーゼ』はこれでしょ。あとは『皮膚接合用テープ』と、『ドレッシング製剤』……」
ようやく生活や職場にも慣れ始めたとはいえ、雛子の看護師人生はまだ始まったばかり。
「この『ドレッシング製剤』って……な、なんだっけ……? ドレッシング……ドレッシング……」
頭の中でソフトモヒカンをした裸の天使が、ご長寿料理番組のテーマソングを陽気に踊る。
真理亜に頼まれ処置室に来たまでは良いものの、自分で書いたメモを睨みつつ雛子は眉間に皺を寄せる。
「ううっ……説明受けた時は納得したつもりなんだけどなぁ……えっと、これじゃないし……これも違う……よね? わ、分からないよ〜っ」
滅菌物品を仕舞ってある棚を覗きながら、それらしいものを見つけては落胆し元に戻していく。
(これ、同期いなくて正解だったかも。悪目立ちするところだった……)
仕事の出来ない自分に、一瞬そんな事を考える。我ながらなんて情けない考えなんだと溜息を吐き、再び捜し物を再開する。
看護学校に入学した頃は「白衣の天使」というワードに憧れを抱いたものだが、現実はそう生易しいものではない。
「何探してんの? ああ……ドレッシング製剤ならその棚じゃなくてこっちな」
不意に後ろから声がしたかと思うと、横の棚から取り出した箱をひょい、と渡される。
「その中に色んな種類のが入ってるから、そのまま持ってってどれ使うかは真理亜に聞いて」
「桜井さん!」
振り向くと、そこには気だるそうに欠伸をする恭平の姿があった。
雛子は渡された箱の中身を確認する。
「ああ〜! これですこれ! ありがとうございますぅ〜!」
真理亜と患者を待たせている焦りからか、雛子には恭平がまるで神のようにも見える。
「おう」
初対面時はどうなる事かと思ったが、恭平は何だかんだと言いつつ面倒見が良く、こうしてさり気なくサポートもしてくれている。
その上決して自分の仕事も怠ることはなく、何でもそつなくスマートにこなす所謂『デキる男』なのだ。
(仕事も出来て優しくてイケメンで……桜井さんって格好良い先輩だなぁ……)
出来の悪いプリセプティで申し訳ないと思うと同時に、雛子は恭平に対し、初対面時とは打って変わって尊敬の念を抱いていた。
「……って何してるんですか?」
恭平はポケットから取り出した携帯栄養食を、徐ろに口へと運んでいた。
「メシ。朝食べてないから」
時々、変わってはいるが。