狭い面談室に病棟師長と二人きり。個人評価表に目を落とす師長の横顔に、雛子は緊張の面持ちで身体を固くした。
「入職して半年経ったけど、どう?」
一通り評価項目に目を通した師長が訊ねる。
「はい、大変だけど楽しいです。すごく勉強にもなりますし」
緊張しながらも満面の笑みを浮かべた雛子につられ、師長も微笑む。
「ま、仕事はまだまだだけどね」
「うう、はい……」
きっちり落ちをつけられ、思わず首を竦める。
「ところで、体調はどうなの?」
師長の気遣わしげな目に、雛子は曖昧に笑った。
「問題ないです」
「そう……なら良いけど。今までは新人っていう名目で夜勤の回数を少なくしてたんだけど、他のスタッフと同じにしても大丈夫?」
「大丈夫です!」
雛子は食い気味にそう答えた。ここの所病棟が忙しく、他のスタッフ達の夜勤回数が多くなっていることに心苦しさを感じていた。
足でまといになりたくない。少しでもチームの一員として頑張りたい気持ちが強かった。
「分かったわ。無理そうな時は早めに言ってね。『身体のこと』は皆には話してないんでしょう? せめて桜井君だけでも……」
雛子は膝の上で拳を握り締めた。本当は周知すべきなのかもしれない。しかし、『そのこと』で気遣われたくはないし、何より恭平に知られたくはなかった。
「いえ、あの……大丈夫、です……このことは、どうか……」
歯切れの悪い雛子に、師長も仕方ないというように頷く。
「……まぁ、本当に無理なら何時でも言ってちょうだいね」
「すみません、ありがとうございます」
面談が終わると、雛子は一礼して部屋をあとにした。
そこにちょうど、ラウンド中だった恭平が通りかかる。
「おう、面談どうだった?」
「あ、おつかれ、さま、です」
恭平と話す時は心の準備が必要だ。ここ最近、雛子はそう思うようになっていた。その思いが、吐き出す言葉をぎこちなくさせる。
真理亜さんとは、付き合ってるんですか?
(い、言えるわけないでしょ!? 何考えてんの私っ……!?)
このところ恭平の顔を見るたび、これを聞きたくてうずうずしているのがぎこちなさの原因だ。
いつか無意識に訊ねてしまいそうで気が気ではない。
恭平が甘い匂いをさせながら朝帰りして既に何日も経っていると言うのに、雛子のもやもやは薄まるどころかどんどん蓄積されていた。
「……どうした? 赤い顔して……具合、悪い?」
高い背をわざわざ屈めて顔を覗き込まれ、思わず仰け反る。
「い、いえ! 面談ですよねっ? もっと頑張るようにって言われちゃいましたー」
あはは、と誤魔化すように笑えば、恭平は屈んだ体勢から元に戻って雛子の頭をポンと一撫でする。
「そうか……でもまぁ、よく頑張ってると思う」
「あ……ありがとうございます……」
恥ずかしい。
嬉しい。
ここだけふわふわの綿菓子みたいに空気が甘い。
でも、もやもやする。
(今日はいつも通り、桜井さんの匂いだな……)
いつの間にか恭平の匂いを嗅ぐのが癖になっている変態な自分に、少しだけ落ち込む。
「あの」
気が付くと、自然に呼び止めていた。
「もうすぐ誕生日ですよね?」
何故今、このタイミングで訊ねようと思ったのだろう。そこからどんな会話を繋げるか考える間もなく、口から言葉が滑り落ちた。
(あ)
聞かなきゃ良かった。
すぐに後悔したが、後の祭りだ。
「……別に、お前には関係ないだろ」
ふわふわだった甘い綿菓子が、水に濡れて一瞬で溶けてなくなったみたいだった。
「入職して半年経ったけど、どう?」
一通り評価項目に目を通した師長が訊ねる。
「はい、大変だけど楽しいです。すごく勉強にもなりますし」
緊張しながらも満面の笑みを浮かべた雛子につられ、師長も微笑む。
「ま、仕事はまだまだだけどね」
「うう、はい……」
きっちり落ちをつけられ、思わず首を竦める。
「ところで、体調はどうなの?」
師長の気遣わしげな目に、雛子は曖昧に笑った。
「問題ないです」
「そう……なら良いけど。今までは新人っていう名目で夜勤の回数を少なくしてたんだけど、他のスタッフと同じにしても大丈夫?」
「大丈夫です!」
雛子は食い気味にそう答えた。ここの所病棟が忙しく、他のスタッフ達の夜勤回数が多くなっていることに心苦しさを感じていた。
足でまといになりたくない。少しでもチームの一員として頑張りたい気持ちが強かった。
「分かったわ。無理そうな時は早めに言ってね。『身体のこと』は皆には話してないんでしょう? せめて桜井君だけでも……」
雛子は膝の上で拳を握り締めた。本当は周知すべきなのかもしれない。しかし、『そのこと』で気遣われたくはないし、何より恭平に知られたくはなかった。
「いえ、あの……大丈夫、です……このことは、どうか……」
歯切れの悪い雛子に、師長も仕方ないというように頷く。
「……まぁ、本当に無理なら何時でも言ってちょうだいね」
「すみません、ありがとうございます」
面談が終わると、雛子は一礼して部屋をあとにした。
そこにちょうど、ラウンド中だった恭平が通りかかる。
「おう、面談どうだった?」
「あ、おつかれ、さま、です」
恭平と話す時は心の準備が必要だ。ここ最近、雛子はそう思うようになっていた。その思いが、吐き出す言葉をぎこちなくさせる。
真理亜さんとは、付き合ってるんですか?
(い、言えるわけないでしょ!? 何考えてんの私っ……!?)
このところ恭平の顔を見るたび、これを聞きたくてうずうずしているのがぎこちなさの原因だ。
いつか無意識に訊ねてしまいそうで気が気ではない。
恭平が甘い匂いをさせながら朝帰りして既に何日も経っていると言うのに、雛子のもやもやは薄まるどころかどんどん蓄積されていた。
「……どうした? 赤い顔して……具合、悪い?」
高い背をわざわざ屈めて顔を覗き込まれ、思わず仰け反る。
「い、いえ! 面談ですよねっ? もっと頑張るようにって言われちゃいましたー」
あはは、と誤魔化すように笑えば、恭平は屈んだ体勢から元に戻って雛子の頭をポンと一撫でする。
「そうか……でもまぁ、よく頑張ってると思う」
「あ……ありがとうございます……」
恥ずかしい。
嬉しい。
ここだけふわふわの綿菓子みたいに空気が甘い。
でも、もやもやする。
(今日はいつも通り、桜井さんの匂いだな……)
いつの間にか恭平の匂いを嗅ぐのが癖になっている変態な自分に、少しだけ落ち込む。
「あの」
気が付くと、自然に呼び止めていた。
「もうすぐ誕生日ですよね?」
何故今、このタイミングで訊ねようと思ったのだろう。そこからどんな会話を繋げるか考える間もなく、口から言葉が滑り落ちた。
(あ)
聞かなきゃ良かった。
すぐに後悔したが、後の祭りだ。
「……別に、お前には関係ないだろ」
ふわふわだった甘い綿菓子が、水に濡れて一瞬で溶けてなくなったみたいだった。