真理亜と唯の母親は、離婚後に事務の資格を取り夜遅くまで働いていた。

シングルマザーで忙しい母に代わり入院している妹の世話をするうち、真理亜は自然と恭平と接する機会が多くなった。

真理亜達の両親が離婚し、真理亜は父親に引き取られたこと。

同じ時期、入れ違いに恭平が春木家の近くに引っ越してきたこと。

幼馴染として過ごすうち、唯と恭平は惹かれ合いつい最近付き合うようになったこと。

病院内にあるコンビニで買ったパンを食べながら、イートスペースで二人はよく他愛もない話をしていた。






きっかけは、やはりいつも通りイートスペースで遅めの昼食を摂っていた時だった。

「……なぁ清瀬、何かお前、顔色悪くないか?」

高二の春休みだっただろうか。

長期休みに入ってから、真理亜は連日病院に泊まり込んでいた。

薬の副作用で吐き続ける唯の背中を擦り、唯が僅かでも寝ている隙間時間で高校の課題や大学入試に向けて勉強をする日々が続いていた。

時々電車で一時間かけて自宅に帰り、忙しい継母に代わり家事も手伝っていた。

それでも体調の優れない唯の事を思うと、離れた場所でやきもきしているよりは、近くで世話を焼く方が余程精神衛生上マシだと思った。

今考えれば疲れを感じる程すら、心に余裕がなかったのかもしれない。


「え、そう……かな? 最近唯も治療が大変みたいで、夜眠れない時間も多いからかしら……?」


どこか他人事のように、真理亜は首を捻る。


「別に大丈夫よ。ちょっとゴミ捨ててくる、」


立ち上がった瞬間、目の前が一瞬だけ真っ暗になった。


気が付くと、背の高い恭平の腕の中に収まっていた。小さくて可愛い妹とは対照的に背が高いことがコンプレックスだったが、そんなのはお構い無しと言うようにすっぽりと、身体を抱えられていた。


「えっ、あれ、」


「ほら、無理するからだぞ」



どうやら倒れかけたらしいと気付くのに、数秒の時間を要した。



「ごめんなさい桜井君。ありがとう……」


慌てて起き上がろうとするも、やはり支えがないと足元が覚束無い。ゆらゆらと危なっかしい真理亜に、恭平は溜息を吐きながら席に座るよう促す。


「ったく、唯の世話焼いてる場合じゃないだろ。もっと自分のことも大事にしろよ」


ぶっきらぼうな物言いだが、真理亜の事を心配しているのは明白だった。恭平は真理亜が落としたビニール袋を拾うと、さっさとゴミ箱に捨ててくる。


「あ、ありがとう……」


大切にされた。真理亜は咄嗟にそう感じた。

ドキドキと胸が鳴る。

心配してくれた。嬉しい。そんな感情で心がじんわりと温かくなる。



両親が離婚して、新しい家族が出来て、妹が病気になって。

もう長いこと『自分がしっかりしなきゃ』と思って暮らしていたし、周りも当たり前のようにそれに期待していた。


(大切にしてもらえるって、こんなに嬉しいことなんだ……)


何で彼は、妹の彼氏なんだろう。真理亜が初めて、そんな風に考えた瞬間だった。