次に雛子が目を覚ましたのは、病院のERにある処置ベッドの上だった。



「はっ、うぇ、な、なんでっ??」


思わず飛び起きそうになるも、肘の内側に点滴されているのが目に入り大人しくする。雛子の声に反応したのか、締め切られていたカーテンがひょいと開かれた。


「良かった、目が覚めたのねっ」


真理亜だった。


「ま、真理亜さん、私ものすごくご迷惑を……」


やらかした。完全にやってしまった。ユニットの時計はすでに午前一時を回ったところだった。

独り立ちして調子に乗っていると思われたくないなどと宣いながら、これでは完全に調子に乗ってしまった新人そのものだ。

(学生じゃないんだから、私何やってんの!?)

自分で自分を殴りたい。穴があったら入りたい。雛子は真理亜を見てただただ平謝りするしかできない。


「あ、目が覚めましたか」


「た、鷹峯先生……」

真理亜に続いてカーテンの中に入ってきたのは、本日オンコール当番の鷹峯柊真。

「いやぁ今夜は比較的落ち着いてるので少しは寝れるかと思ったんですがねぇ。誰かさんのおかげで呼び出されてしまいました」

「す、すすすみませ……」

誰かとはもちろん雛子の事だ。雛子はますます小さくなる。

「で、血液検査の結果ですが」

鷹峯は小言もそこそこに、手に持っていた用紙へ目を向ける。

「急性アルコール中毒で間違いありませんね。もう社会人なんですから、自己管理しましょう」

「はい……」

元々下戸であることは自覚しているし、今まで体調のことも考えて飲酒には気を付けていたというのに、ここ最近はストレスのせいもあってかついやらかしてしまう。

(もう嫌……私ってば本当に最低だ……)

肩身狭く縮こまる雛子に、真理亜は天使の笑みを浮かべて諭すように語りかける。

「倒れたのが私の部屋で良かったわ……。もう無理はしないこと。良いわね?」

「はい、すみません……」

雛子の答えに、真理亜は満足そうにまた微笑む。

「明日の日勤、私が勤務交代して出勤する事は師長に伝えておいたわ。念の為しっかり休んでね」

「いやもう本当に……本当に申し訳ありません……」

休みだった真理亜に勤務交代までさせてしまった罪悪感で、雛子はもう消えてしまいたくなった。泣きそうになっている雛子を、真理亜は優しく抱きしめる。

「大丈夫よ雛子ちゃん。あなたが無事で良かった……」

「真理亜さん……」


どうかしていた。こんなに優しい真理亜を疑うだなんて、人として最低だ。

雛子は思った。

やはり鷹峯の言う通り、舞と幸子は何か勘違いしていたのだろう。

「……雨宮さん、その点滴が終わったら帰れますからその時はナースコールで抜針してもらって下さい」

鷹峯はそう告げて別のベッドへと移動していった。

「じゃあ今日はもう遅いし、私も帰るわね」

「は、はいっ、すみません、ありがとうございましたっ」

小さく手を振り、真理亜も帰っていく。


ERのベッドで一人、雛子はしばらく禁酒する決心を固く決めた。















朝八時二十分。恭平が日勤時にいつも出勤する時間だ。

「……はよーざいまぁす」

この日も例外なく、彼はあくびを噛み殺しながら形ばかりの挨拶をしてやってくる。

「あれ……」

ホワイトボードに貼り付けてある受け持ちの割り振りを見て、恭平は首を傾げた。

小さな違和感を覚えたからだ。

「おはよう恭平」

朝分の点滴や薬を確認していた真理亜が、ぼんやりしている彼に声をかけた。

その姿にも、やはり何か違和感がある。

「いや……あれ、今日お前休みじゃなかったっけ?」

朝はあまり頭が働かない。他のスタッフのシフトなどいちいち把握していないが、それでも一年目の時からの癖で真理亜、それから最近は雛子のシフトを何となくチェックしてしまう。

「雛子ちゃんとシフトチェンジしたのよ」

真理亜は事も無げにそう伝える。

「ちょっと桜井君。最近の雨宮さん、指導が必要なんじゃないの?」

「げっ……石川さん……」

サイボーグ石川こと副主任の石川さつきが、相変わらずの鉄仮面で話しかける。さすがの恭平も、石川相手に逃げることは叶わず情報収集の時間は削られていく。

「雨宮さん、昨日飲み過ぎて急性アルコール中毒でうちのERに運ばれたのよ。それで今日は念の為休んで、清瀬さんが代わりに出勤してくれたの」

石川が淡々と状況を説明する。

「急性アルコール中毒?」

恭平は僅かに眉を顰めた。

「大丈夫よ、幸いハイドレーションだけで帰宅してるわ」

真理亜が安心させるかのように恭平の肩を叩く。

「……何で真理亜がそんなに詳しいんだよ」

訝しむような表情の恭平に、真理亜は昨夜の出来事を掻い摘んで説明した。

「とにかく、独り立ちしたからといって調子に乗って仕事に支障を来すことのないように。桜井君、頼むわよ?」

「……はい」

「全く……少しは清瀬さんを見習って欲しいわ……」

石川はブツブツと文句を言いながら、シフト作成のため奥の面談室に引っ込んでしまった。

「悪かったな真理亜。ひなっちが迷惑かけて」

プリセプティの雛子の代わりに、恭平は真理亜に詫びる。他のスタッフは、恭平達の一連のやり取りを聞いて何やら雛子についてヒソヒソと話しているようだ。

一方、一番迷惑を被った形の彼女は、全てを許すかのような美しい笑みを浮かべて首を横に振る。

「そんな、恭平が謝ることないわ。雛子ちゃんだっていつも頑張ってることくらい私は知ってるもの。怒らないであげてね?」

「……ああ」

真理亜の笑みには目もくれず、恭平は何やら考え込みながらステーション奥のパソコンに向かった。

「……あいつ、薬飲んでるのにまた酒なんか飲みやがって。身体大丈夫なのか?」

恭平の小さな独り言は、誰の耳にも届かない。

「恭平……?」

恭平の背中を見つめる真理亜の瞳が曇ったのもまた、誰の視界にも映りはしなかった。