今日は比較的波が穏やかな方だが、それでも複雑に入り組んだ消波ブロックの内側は至る所に波が打ちつけ複雑な海流を生んでいる。

そもそも消波ブロックとは波の高い所に設置されているものだ。海が荒れておらずとも、このように中へ入るなど危険極まりない自殺行為とも言える。

「もう……絶対見つかるわけないんだよなぁ……これ……」

一応降りられるところまで降りてはみたものの、常に波が寄せては引いている中で落ちたピアスが1箇所に留まっているはずがない。

少し海側に進んで落下地点辺りを捜索する。

奇跡的にブロックのどこかに引っかかっていないか見てみるものの、もちろんそんなことはなく。

「んー……残念だけど、さすがに……」

いつまでもここにいるのは危険だ。あのままでは舞が飛び込んでしまいそうだったため自分が降りてきたわけだが、頃合いを見て早く戻らなくては。

舞には申し訳ないが、この辺でUターンしよう。そう思い振り返る。

「あっ……!」

咄嗟のこととはいえ、ビーチサンダルのまま降りてきた自分の間抜けさを呪った瞬間だった。

濡れた箇所に足を取られ、ブロックの隙間へと身体が滑り込む。

(ヤバいっ……!!)

水面からちょうど雛子口元が出るか出ないかの深さで足首がブロックの隙間に挟まってしまった。フジツボか何かで切ったのかジンジンとした痛みを感じるが、今はそれどころではない。

(波がっ……苦しっ……)

時々顔が水面に出るものの、不規則に押し寄せる波によって容易に海中へと全身が沈む。顔が出た瞬間必死に空気を吸い込むが、うまくいかず海水を飲んでしまうとしばらくは呼吸が出来ない。

徐々に酸欠になり、雛子は意識が混濁するとともにパニックに陥る。

(早く戻らなきゃっ……早くっ……!)

両手をブロックに引っ掛けようともがく。最早痛みなど感じる余裕もなく、必死に足を動かして迫り来る死から逃れるように喘ぐ。

(あっ……でも……)

薄れる意識の中、雛子は舞の話をふと思い出していた。



『お母さんの愛って凄いのね』



(お母さんの、愛って……)



空気の代わりに、肺に海水が入り込む。




重くなった身体が、意識が、沈む。






(どんな、だっけ……)







このまま目を閉じたら、思い出せるかな?





薄れる意識の中、雛子は最後に母の顔を思い出していた。