プロローグ



火野崎大学医学部附属東京病院(ひのさきだいがくいがくぶふぞくとうきょうびょういん)の職員寮は、病院の敷地内にある。

おのずと買い物などの生活範囲は他職員との遭遇率も高く気が抜けないし、窓を開ければ病院ビューな上ひっきりなしに救急車のサイレンが真下に聞こえて落ち着かない。仕事とプライベートを分けたい人間にとっては、絶対に住みたくない立地だろう。

しかし桜井恭平(さくらい きょうへい)のように、効率を最重要と考える人間にとっては実にありがたい住まいである。

何せ実質、東京都心のど真ん中に住んでいながら月々二万円の家賃で8畳1K、風呂トイレ別のオートロックマンションで暮らせるのだ。

仕事の日はギリギリまで惰眠をむさぼることが出来るし、休みの日は病院の目の前にある駅から環状線に乗ってどこへでも遊びに行ける。

寮から病院のスタッフ用入口までの数十メートルには桜の木が植えてあり、例年より些か遅い桜がもうすぐ終わりを迎えようとしている。

突風が吹いて花弁が青空へと派手に舞い上がった。

「今年も新年度か……」

眩しそうに目を細め、恭平は一人呟いた。