目の前に人の立つ気配を感じ、待合のソファに座り込んでいた恭平は虚ろな表情のまま顔を上げた。

目の前に立っていたのは、オペ着を着たままの鷹峯だった。マスクを外すと、いつも通り口許に笑みを浮かべている。

「雨宮は……」

「彼女ならもうリカバリールームに移っていますよ。安定しています」

鷹峯の言葉に、恭平は全身から力が抜けソファの背もたれに寄りかかった。「そうか……」と一言呟き、深く息を吐く。

「貴方こそ、顔色が優れません。警察の聴取が終わったなら、少し休んだら如何ですか?」

「……いや、雨宮の顔見たい」

鷹峯の助言に恭平は首を横に振ると、ふらつきながら何とかソファから腰を上げた。







「あっ、桜井さーん! お騒がせしました〜」


「っ……!?」


リカバリールームのベッドでそう宣う雛子に、恭平は自分の目を疑った。

本当に、刺されて手術したばかりの雛子なのだろうか? そう疑って、慌てて傍に駆け寄る。

顔色は青白く、病衣を着て酸素マスクや点滴を付けられている。けれども紛れもなく、彼女は雨宮雛子そのものだった。

「おまっ……何でそんなに、元気なんだよ……」

「わっ、さ、桜井さん!? 大丈夫ですか!?」

へなへなとベッドの脇に崩れ落ちた恭平に、雛子が心配そうに声をかけた。病人に気を使われていては処置なしである。

「いやぁ〜、彼女痛みに強くて。麻酔も効きにくいので、麻酔科の先生も苦労してましたよ」

後ろからやってきた鷹峯が笑いながらそう宣う。雛子もうんうんと頷いた。

「そうなんですよ。最後の縫合のところで『何かお腹がチクチクするなぁ〜』って思ったんですけど、挿管されてるし声も出なくて……焦りましたぁ〜」

「全く、焦ったのはこっちですよ。私なんて九年ぶりのオペで真剣にやってるのに、ふと顔を覗いたら目開けてるんですもん。脅かすのはやめて下さい」

「あはは〜、ごめんなさい〜」

そのあまりにいつも通りのやり取りに、恭平は拍子抜けする。九年前の雛子の事故のこと、そして以前に雛子の手術をしたという鷹峯。二人に聞きたいことは山ほどあったが、今はとにかく雛子の無事を確認したい。

恭平はそっと、雛子の頭の上に手を置く。


「ったく……心配させるな」


「は、はい……すみません……」


恭平の手のひらの上に、雛子も自身の手を緩慢な動作で重ねる。やはりまだ、普段通りには身体を動かせないようだ。

「術前に検査したところ、ナイフは内臓を避け腹腔内に刺さっていました。傷自体は大きくはありませんが、静脈を傷付けて出血が酷かったので輸血もしています。階段からの転落では打撲程度で骨折や深部での出血はなし、不幸中の幸いです。元気なのは結構ですが、念の為二泊はICUに泊まってくださいね。では、まだオペ直後ですから、桜井君も出ましょうか」

「あ、おい、ちょっと……!」



有無を言わさず、鷹峯は恭平をリカバリールームから連れ出す。もう少し雛子を堪能していたかった恭平は、不満そうな顔で鷹峯を睨んでいた。