（この後、どうなったっけ……）




その後暫く、雛子は生死の境を彷徨った。

事故現場で意識を失ってから、昏睡状態を抜け出し一般病棟に入れられてからも数週間のうちは、雛子の記憶は曖昧なままだった。




しかしふと、今際の際になって思い浮かぶ光景があることに雛子は気付いた。



（そうだ……私……病院に運ばれて……）







まず機能したのは嗅覚だった。


刺激性のある薬品の独特な臭いが、無機質な室内に充満している。その臭いに気付き、雛子は目を開けた。



あれ……ここは……？



目の前が白くぼやける原因は、天井に取り付けられた巨大なライトのせいだ。



まるで蜘蛛の目みたい……怖い……。





逃げたい。

咄嗟にそう思うも、身体が言うことを聞かず指一本動かすことができない。叫ぼうにも、声を上げることもできなかった。




誰か……誰か助けて……。




僅かに動く視線だけで、助けを求める。その時初めて、仰向けに寝転がる自分の傍に、人が立っていることに気が付いた。





『雨宮さん、雨宮雛子さん、分かりますか？』












（ああ、この声……）



そうだ。この声だ。


聞いたことのある声。




帽子とマスクの隙間から覗く鋭い眼光が、まるで蛇のように雛子を射抜いていた。






『必ず助けますからね、雨宮さん』






（どうして、忘れてたんだろう……）